2020年1月8日。
村上隆の父親が認知症になり、その介護をする母親も倒れ、一緒の施設に入っているということを知り、そういう中で父親の作品と、自身の作品、弟の作品も並べる展覧会をすると知り、それだけで見たくなった。個人的なことだが、私自身も2年前まで介護を続けていた。すごくプライベートな展覧会の位置づけのようで、ギャラリーの受付にあるリーフレットも通常と違って、薄いコピー用紙のような紙を使っているし、いつもならばその説明といっていい文章がきちんと書かれているのに、それもなく、作品の写真と、それぞれのプロフィールが並んでいる。
ギャラリーの壁一面に村上福壽郎の作品が並んでいる。蝶の作品は、どうやら女性の股間を彩るようなものの象徴かも、と今回、他の作品を見て、わかったような気もしたが、壁面に200を超える作品が並んでいて、趣味とはいっても、これだけ作り続けていることを思うと、その息子が二人とも芸術家になったのも、ある意味では遺伝ではないか、と思わされる。
同じ部屋の壁には、ウルトラマンシリーズをモチーフとした村上裕二の作品。考えたら、それは、まだ子供の頃に触れたものを作品化しているものである。
そして、畳の展示室の壁にある、三人が並んだ写真の後ろも花でうめつくされている村上隆の作品。そう思って見るせいか、3人が似ている、という気持ちになる。弟と隆も、こんなに似ていたのか、という感触で、それは、3人とも年齢を重ね、それは、見ている側も歳を取ったといった、時間のことまで考えてしまう作品になっている。
そして、村上福壽郎の作品集も昨年、カイカイキキ から出版していて、それを読ませてもらったら、最後に弟・裕二のインタビューがのっていて、その終盤に、認知症のコントロールのために、こうして展覧会をしたり、しているのではないか、と兄・隆のことを語っていた。それで、何とも言えない気持ちにもなったし、それが、もし少しでも、認知症の症状の安定にプラスになるのであれば、勝手な要望とは思うのだけど、それは、違う場所でも成果を伝えて欲しい、といった気持ちにもなった。
これだけの、歴史に残る偉大なアーティストでも、親の認知症やそれにまつわる苦難はあるのかと思って、失礼な感慨だけど、切ないような思いにもなった。
(2020年の時の記録です。多少の加筆・修正はしています)。