アート観客   since 1996

1996年からアートを観客として見てきました。その記録を書いていきたいと思います。

「文学の触覚」。2007.12.15~2008.2.17。東京都写真美術館。

f:id:artaudience:20200807103141j:plain

「文学の触覚」。2007.12.15~2008.2.17。東京都写真美術館

 

2008年1月31日。

 

 本当に久しぶりに、友人といっしょにアートを見に行くことになった。現地の写真美術館で待ち合わせた。2階のロビーみたいなところには以前はなかった小さなカフェ(?)があって、西洋人のカップルが何か話している。友人に電話をしたら、今、恵比寿の駅だと聞いて、安心する。妻とソファーで、しばらく話していたら、階段のところに、もう少しかかると思っていた友人がもう現れた。気がついたら、そこにいた。早いね、と言ったら、笑っている。他の展示も見ようかと思っていたが、(セット料金があるので)妻にあっさりと一つだけでいいんじゃない?と言われ、地下1階の展示室へ向かう。ここのB1は初めて来たけど、地方の小さめのビジネスホテルのロビーのようで、細いロッカーの荷物を預けて、すぐに入り口だった。

 

 「文学の触覚」。というテーマで、それもアートとテクノロジーという言葉が並んでいて、だから、妙に警戒していた。でも最初の部屋はあまりそうした力みもなく、次の部屋の大きなスクリーンの前にバレーボールくらいの大きさの軽い金属の玉が置いてあって、係の女性に、振ってください。と言われ、振ると、前のスクリーンに文字が踊る。大きく振ると文字も大きくなり、声も大きくなる。小学校あたりで聞くことが出来るような言葉が揺れて、大きさも変わる。ノスタルジー。このスクリーンが360度囲むようにあったら、もっと面白いのかと思ったけど、自分でも思ったよりも何度もその玉を振りたくなった。

 

 森村泰昌の作品は、最初の部屋にあった。三島由紀夫のビデオ作品をまた見られるかと思っていたら、写真だけだった。そして、そのうちの1枚は、実際の文豪のポートレイトの中に混じっていて、不自然には見えたけど、でも実際の本当の文豪の写真でも本当は違和感があるような気がしてきた。文豪の中には、今、読んでいる橋本治の「小林秀雄の恵み」の小林秀雄もいて、以前より勝手に距離感が縮まっていた。

 

 妻は、最初の部屋の映像作品が気にいったみたいで、そのモニターの前に柔らかく釘付けになっていた。にこやかな顔をしている。その画面のバックはまるで和紙の障子のようで、画面には墨で書かれた文字が次々と現れ、変化し続けていた。本当はありえないのだけど、書かれた筆文字が立体だったら、という仮定でぐるぐる回ったりしている。その立体化された文字が、なんとなく、そんな風になるのではないか?という説得力があった。それは筆文字が、力の入り具合が平面なのに分かって、だから、その力の強弱を見えるようにしていけば、伝わりやすい、という事かもしれなかった。しかも、微妙な色の変化も丁寧に出ていた。

 

 奥の部屋には、「7つの質問」という作品が、少し暗くしたところにあった。その入り口には、チラシになっている黒い塔が回っている。10センチくらいと、思った以上に小さいものだったけど、形がどんどん変わっていく。小さな角のようなものが円錐形の塔にびっしり出来たり、次の瞬間になくなったり、変化が早くてスムーズだった。テクノロジーなのだろうけど、どちらかといえば、魔法に見えるような感触があった。

 

 だから、その奥の部屋の質問のところは、そこからちょっと期待が高まる。鏡台のような場所があって、鏡の手前に黒い液体の水たまりみたいなものがあって、しばらく待っても、何も質問してくれないので、係員に聞いたら、どうやら少し調子が悪いみたいで、ダイヤルみたいなものをひねったら、バウンと柔らかく、その黒い水たまりがうごめいた。7つの質問に答えると、ここの部分が、その答えによって変化します。みたいな事を言われて、周りに誰もいないので、ホッとしてダイヤルを回して、質問を待った。「あなたは今、幸せです。何をしていますか?」。ちょっと暗めで重めの女性の声。また周りを見て、ちょっとちゅうちょして「妻といます」と答える。黒いみずたまりに何の変化もないので、鏡の、このあたりにマイクがあるかも、というところにまた同じ答えを言う。すでに恥ずかしい。それから、また待っていても、何も言わない。しょうがないから、最初から始めるつもりでダイヤルを回すと、ドウンとうごめくけど、何も言わない。次にダイヤルを回すと、違う質問を言われ、答え、また沈黙。次の人もやってきたし、あきらめる。自分の答えが、どこか宙に浮いたまま、中途半端に保管されていたら、恥ずかしいけど、その答えが次の人の答えに反映されたら面白いのに、と思う。

 

 天井から光をてらし、床に2メートル直径くらいの光の円が出来ている。その部分に入ると、動物の影が声と共に走ってよぎる。ネズミはリアルで妻は声を出していた。今、家ではネズミに悩まされていて、そのスピード感がすごく似ていた。

 

 丸い台の上に手を出すと、上から文字というか文章が光として映る。穂村弘の詩の文字。火が燃えるように見えたり、美が虫のように動いたりする。文字を、つかもうとしたり、いろいろな文字を手の上に映そうとしている。穂村、という響きで、焰という炎に関係ありそうな言葉があるのは、あとで知った。

 

 谷崎潤一郎の小説を、ゲームのように、一つ一つの言葉を探していくような部屋があった。

 

 テクノロジーがこなれて来ている気がした。雪の文字が本当に柔らかい雪のように降ってくるように見えるスクリーンもあった。イメージを正確にあらわす道具として、もう妙な力みもなく使っているように思えた。入場料500円で、かなり楽しめた。妻も友人も、けっこう楽しそうでよかった、と思う。

 

(2008年の時の記録です。多少の加筆・修正をしています)。

 

topmuseum.jp