アート観客   since 1996

1996年からアートを観客として見てきました。その記録を書いていきたいと思います。

弓指寛治 個展「四月の人魚」。2018.4.6~4.29。ゲンロン カオスラウンジ 五反田アトリエ。

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弓指寛治 個展「四月の人魚」。2018.4.6~4.29。ゲンロン カオスラウンジ 五反田アトリエ。

 

2018年4月30日。

 期待された人間が、たちまち評価が上がって行くということはあるが、それは若さだったり、他の要素がからんでいることも少なくなく、そして、それは運の強さみたいなものが不可欠だったりすることも多いように思う。

 

 とても少ないというか、幅の狭い経験しかないものの、20年くらい細々とアートを見てきて、ぱっと売れたり注目されて来たりして、その後は伸び悩んだり、それは実は最初の評価が高すぎただけなのか、そこからさらにすごくなっていくことはあまりなくて、それは売れたり注目されたり、もっと平たくいえば、有名になることが目的だったら、そのあとが続かないとは当たり前だと今なら分かるけれど、そこに至るまでの成功の仕方ばかりが注目されている時代が長く、というよりは今も、それは経済的な成功で、もっとくだけていえば、儲かるかどうかばかりが注目されてきて、それは、もしかしたらまだ当分は変わらないのかもしれない。それは、だけど、全体の流れであって、個別にはそれとは違うことが起こっているのではないか、と思うこともある。

 

 何年か前、カウスラウンジが主宰している美術を教えるスクールがゲンロンで行われていて、その第一回の金賞のことをツイッターか何かで知って、とはいってもスクールの卒業生だし、などと思っていて、その時の作品を見に行って、初めて弓指の作品を見た。その作品を見るだけでなく、作者の話を聞いて、その作品の見え方が違って来て、それはいい意味で力を持っているように、より感じられて、自分の身に起こった不幸な出来事、母親が自殺してしまったことをテーマの中心にすえて、作品を作っていて、そのことを話も含めて伝えようとしている。その熱量と、集中力も、すごいと思ったし、当事者性ということも含めて、概念みたいなものまで更新する人なのではないかと思って、次のグループ展でもある「Death Line」の時は、思わず、ダラダラと発言までしてしまったのは、そういう期待を突き上げてくれるような力があったからだった。

 

 今回は、岡本太郎展での受賞もあったし、さらにパワーアップしているのは明らかだったけど、どんどん注目もされてきていて、作品を見たら、それは当然というか、さらに違う場所へ上がっていく感じがある。

 

 五反田駅で降りて、歩くが、モスバーガーが改装中で、それだけで行く道が分からなくなりそうだったのだけど、何度か行っているので、こっちだということが分かって安心して、コンビ二でコーヒーを買い、おやつと一緒に飲んだり、食べたりしてから、現地に向かう。

 

 アトリエはそんなに広くない。いろいろなものがたくさん、置いてある。入り口と出口がはっきりと分かれていて、入り口は黒く覆われていて、狭いけど、暗くて、その突き当たりに、文字がある。それは、あとで知ったのだけど、今回のテーマの中心になっている岡田有希子の墓にある文章で、それを柳本悠花が縫って作っている。その文面が、今度、時間が出来たらスイスに行きたいといった言葉だった。

 

 そこを抜けると、パッと目に入るのが大きい絵。今回のチラシにも使われているスイスと思われる山々に向って走っている若い女性の姿。その前に作家本人がいて、あいさつをして、そのあと、そこに来ていた方々に説明を始めて、それに合流させてもらった。自分がなぜ、こうした作品を作ろうと思ったことから話を始め、それは自分の母親の自殺のことからも話をしているのだけど、岡田に関しては自分が生まれた年でもあって、知らないところから始めたのは、自殺に関する本をたくさん読んで、「O」というアイドル、といった表現で知り、そこから始めて、岡田の母親が書いた本をかなり参考にして、岡田有希子が絵を好きだったことや、本人の描いた絵がその本にはかなり載っていて、それを参考に自分の作品として描いたりしたことを説明する。そして、岡田がスイスに行きたかった、といったことを知り、それを元に描いた、といた話もしていく。

 

 鳥の絵は、母親の自殺の後に混乱をして、一つ一つに理由があって、だけど、それを理屈だけでくみ上げていない絵で、しかも、去年よりも明らかにうまくなったと思った。

 

 

 そして、最後の部屋は、アイドルは多くの人の目によって、初めてアイドルになるので、自分の個展だけど、いろいろな人に作品を頼んだ、ということで、それぞれがそれぞれの持ち味を生かしながら、亡くなったアイドルを再生する、という試みが、ある程度以上に成功しているように思えた。素直にすごいと思えたのは、そのあとに、生意気にもいろいろと話してしまったのだけど、鎮魂とか救済とかではなく、慰霊をしたい、という話で、それは、鎮魂などには霊の怒りを鎮める、といった意味合いがあるのだけど、慰霊には、なぐさめる、という意味があって、死んだ人に寄り添おうとしているから、といった。

 

 こうして、慰霊というものを、作品にし、母親が自殺をした時に、これからずっと自殺をテーマにした絵描きになる、という決意をした、というのが、重いけど、その決意と覚悟があったから、ここまで来たのだろうとは思った。1日10時間描いて来た、という話を聞いて、またすごいと思った。話をしてもらい、時間をとってしまい、申し訳ないような気がするが、伝わってくる力が、とても強い作品と、語りなのだとは思う。

 

 

(2018年の時の記録です。多少の加筆・修正をしています)。

 

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