アート観客   since 1996

1996年からアートを観客として見てきました。その記録を書いていきたいと思います。

『イメージの首飾り』。現代イタリア美術。2001.4.20~7.1。原美術館。

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『イメージの首飾り』。現代イタリア美術。2001.4.20~7.1。原美術館

2001年7月1日。

 

 原美術館は、たぶんかなり久しぶりになる。

 もしかしたら、須田悦弘の時以来かもしれない。

 でも、何だか、そんなに時間がたった気もしない。

 泰山木の花が咲いていると原美術館のホームページで知った。

 

 今回のテーマでの展覧会の最終日。

 最初の部屋の作品がよかった。

 赤いゆがんだ大きな人物像。

 そして、BRと流れ星の赤くきれいなネオン。

 これは、マウリツィオ・カテランという作家の作品。

 BRというのは、赤い旅団というテロ集団の名前。そして、流れ星はキリストの象徴らしい。それが一体となったサイン。さらに、これはBARとも読め、それはようするにバーという意味も引っ掛けているらしい。

こういったことは説明してくれる人がいなければ分からなかった。今回は始めての学芸員の女性。カテランは貧しい出身。そして、成功を夢見て、そしてアーティストとして有名になったが、まだ豊かさとは遠いという。だから、そういったことも含めて、リスの自殺の作品もあった。リビングで食事の後か何か、洗っていない食器が流しにあったりするのをミニチュアでかなり良く作っている。それは、作家の絶望の形という説明もあった。

 

 別の部屋には『我々が革命だ』と名付けられたハンガーにぶらさがった人物像。それも、肌の質感までよく再現されているが、大きさが実際の半分くらいで、しかも頭が大きく上目遣いのため、変におかしい。この作家が、どこかユーモアがあるという説明があったが、納得させるものがある。それは、厳しき日々を生き抜くための知恵といったものかもしれない、と思うが感心して、名前を憶えた。美術手帖で、その名前と作品を見たが、ベネチィアビエンナーレでは、インドから行者を呼んできて、砂の中に入ってもらい、一日に数回だけ、手だけを出してもらうという作品を展示したそうだ。

 頭がいいが、押し付けがましくない感じが、とてもいいと思った。

 

そして、妻が気にいったのが、今回の作家の中でも最も若いらしいジョゼッペ・ガベッローネ。

 樹脂で木のように箱を作って、それを赤い大きいビスでたくさん止めてある作品。箱はオフホワイトな色で、それに赤がきれいで、その質感は近くで見ると、確かにプラスチックなのだけれども、何だかいい。この中には何が入っているか分からないが、持つと重く、おそらく液体か何かが入っているらしい。ひねり方が、ヨーロッパなのか、分からないけれど、でも面白いと思った。それに写真の作品。やはり、オフホワイトっぽいもろそうな木の螺旋階段。別に、どこかへ上がるのではなく、ただ階段としてあるだけのものを写真に撮ってある。それも、その後にすぐに壊してしまったらしい。

 

 この2人の作家は、どこかでにっこりと笑っている感じもあって、いいなと特に思った。

 

 後は、何人もの裸の女性を何時間も立たせているだけの作品のヴァネッサ・ビークロフト。これはスパイラルか何かで日本人の女性を採用して行ったそうだ。学芸員の話しのように、何時間も見ていると、違う気持ちになるのだろうか。

 それから、たぶん拒食症の女性の人物像のマルゲリータ・マンツェッリ。こうした絵ばかりを描いているそうだが、他のもまとめて見たいと思った。

 

 つい最近の、わりと若い作品をこうやって並べると、この美術館は一番しっくり来る気がする。この前、よかったのはニューヨーク近代美術館の、まだ新しいそれもわりと小さめの作品を並べた2年前のものだった。今回、その時のカタログを買って、見て読んで、改めて良かったと思った。

 今回の作品も、もしかしたら現代のひ弱さみたいなものもあるのかもしれないが、こういう作品を並べた時、この空間は一番しっくり来る、という気持ちが改めて強くなり、今回も、来てよかったと思った。

 庭の泰山木は、花を咲かせていて、それは自動的に須田の作品を思い出し、実際の花が、須田の木彫りのことばかりを思い出すという、妙な感覚にもなっていた。

 また、来よう。

 

 

(2001年の時の記録です。資料がなく、展覧会の会期の詳細が分かりませんでした)。

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