アート観客   since 1996

1996年からアートを観客として見てきました。その記録を書いていきたいと思います。

「GEISAI—4」。2003.9.14。東京ビッグサイト。

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「GEISAI—4」。2003.9.14。東京ビッグサイト

2003年9月14日。

 ここ2ヶ月間、義母の骨折で、2人で出かけることが出来なかった。妻のお姉様が、来てくれるので、出かけられることになった。

 

 妻は、うきうきしている。その表情は、ホントに晴れやかで、それは嬉しかった。そして、ゲイサイにこれだけ行きたがるのが、少し意外でもあった。

 

 何だか少し曇りになってきた。

 大井町で乗り換える。初めてそこから臨海線に乗った。約10分で駅に着く。少し向こうに東京ビッグサイトが見える。歩いていくと、階段の上に三角形が逆になったのが4つ並んだ建物が見える。やたらと広い場所を抜けていく。このへんは、何だかいつも廃虚な感じがする。人類が滅亡した後に作った都市という印象が強いのはなぜだろう、と思いながら、着く。

 

 人が多い。

 もう一つ、隣のホールで何かイベントをやっていて、そこにはビジネスな人がたくさん来ている。そして、ゲイサイは、この前と同じホールでやっていた。

 妻と話した。この集まりって、やっぱり文化系では。これだけ人が集まっても、熱気の種類が違うというか、何かおとなしい感じはする。などと話して、中へ入る。実は美術手帖で読んで、できれば海洋堂村上隆のグッズが欲しいなと思っていたが、でも、そこはしばらく見てから、近くに行ったら、売り切れていて、思ったよりもがっかりした。

 

 いろいろと見た。

 何だか色使いが似ていたり、絵だったら、何だか同じように見えるな、と思い、時々、駅で見かける、いつも絵を書いている青年の作品を思い出した。

 

 何だか疲れる。

 でも、身の回りのものを描いている感じのいい青年の作品を買う。電球が欲しいと文子が言ったら、60ワットと20ワットがあるんですが、などと言われる。グリコやミルキーもちょっと欲しかったが、何となく買う気がしなかった。でも、20ワットの絵を500円で買った。赤い箱のものだった。後で買ってよかった、と思えるものだった。

 

 ポストカードや缶バッチや、友人への袋などを買った。

 

 この前、すごーくいいと思った稲田由美子の作品は、傘の中に様々な人形がぶら下がっていて、全部、「女の子」だった。1個 3000円から5000円くらいで売っていた。それなりによかったが、前回のようにすごーくよくはなかった。でも、何かの賞をまたとっていて、その姿を見ていて、よかったと思えたのは、勝手に期待しているのだろうか、と思う。

 

 それから、銀賞は、前回見た写真をバラバラに撮って、組み合わせた人形で、感心した森本一朗という人で、それは素直に良かったと思えた。今回は、その人形は小さくなっていたが、バリエーションは増え、プラスな感じがしたからだ。

 

 途中で、ゲイサイの前に東京都現代美術館でやった時のグランプリのポテト班の作品をちらっと見て、そのテンションが上がっていないというか、悪い意味で変わっていない、というか、パワーが落ちたというか、何だか暗さみたいなものを感じて、たかだか2年前なのに、すぐに過去になってしまう怖さみたいなものと持続する難しさは、改めて思い、それでも、続けている凄さみたいなものを感じたりした。

 

 そして、前前回のゲイサイで、妄想を描いていたように見えた國方真秀未は、同人誌を売っていたが、その表情は、1年間で別人のように明るくなっていて、それは驚いていいものだった、と思う。

 

 金賞は、誰でもピカソでも見たグルテンのパン人間だった。銀賞は、森本、銅賞は、切り絵だった。それなりに納得がいった。椹木野衣賞は、かなり若い人が粘土みたいなもので作った様々な動物などで、小さく作った立体で、それはなるほどと思えた。

 人はたくさんいた。

 コーヒーを飲む場所も1ケ所だけだった。

 かなり疲れた。

 でも、妻のTシャツも買えたし、よかった。

こういうのは、そんなにいつも物凄く感心するのがあるわけはない。だけど、この試みは、これしかない、というほど、優れた企画だとは思う。

 

 パンフレットには、村上隆のあいさつ文が最初にあった。その中で、BT誌で、ゲイサイー2のことを話して、清水穣が話している言葉、「ゲイサイからは、村上の言う、欧米に対する新しいルールというのがまるで見えてこない」ということに対して、のどもとまで出かかる、冷たい一言をのみ込んで、私はただ実行し続けます。といったことが書いてあった。

 

 これだけ意味のあることを続けている村上が、妙に批判が絶えないのはなぜだろうか。

 これだけ、成功したら、自分だけで、その成功を抱え込んで、そのまま維持する方向へ行くのが普通なのに、なぜ、まだ違うことを全体に奉仕するようなことをするのか。多くの人間が自分のためだけに成功し、そのために計算する人間が多い中で、成功しつつ、そこからさらに先を目指す、そして、目指せるのは、何故かと言えば、ある意味、本人の表現では「業が深い」んだろうし、実はもっと野望が高いのだろう。でも、その野望がまともである限り、村上隆の動向は、すべて作品といっていいものだと思っているし、それを観客として支持し続けると思う。

 それは、希望といっていいものだから。

 

 帰ってきて、疲れて、でも、村上の話を読んで、できればゲイサイ ミュージアムにも行きたいと思っていた。

 

 

(2003年の時の記録です。多少の加筆・修正をしています)。

 

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