アート観客   since 1996

1996年からアートを観客として見てきました。その記録を書いていきたいと思います。

「未完の横尾忠則」。「コレクション展」。「広瀬光治と西山美なコの“ニットカフェ・イン・マイルーム”」。2009.8.1~11.3。金沢21世紀美術館。

2009年9月30日。

 

 金沢に来た。

 朝6時に目がさめて、妻とちょっとしゃべっていたら、けっこう時間がすぎ、昨日もいつもの習慣で早くは眠れなかったから、まだ昼近くまで寝ようと思い、妻が1階のロビーへ行って、買い物などをしているから、というのでカードキーを抜いて、だから部屋が暗くなり、一人になり、いろいろな電気が消えて、眠れるはずだったのに、物音がすると、それはもうチェックアウトしていくお客の方が圧倒的に多いはずだから当たり前で、その掃除などの音だろうけど、この部屋もカードキーが抜かれていて,不在と判断され、急に掃除の係の人が入ってくるのではないか、と過去の記憶と重なり、ちょっとびくびくしていたせいもあって、そうしているうちに気がついたら1時間がたち、2時間がたって、ほとんど眠れなかったと思った。

 

 その時、それまでとは違って、はっきりとこの部屋のドアの外で微妙なガチャガチャする音がすると思ったので、のぞきの小さい丸い窓から外を見ると、妻が立っていた。ホテルのスタッフまでいた。

 

 昨日からやっと旅行に来れて、昨日からこのホテルに泊まっている。妻と二人で介護を続けていて、私は、いつも義母をトイレに連れて行くので、明け方くらいに眠る癖がついていて、旅行に来ても、そう早くは眠れなさそうなので、でも、できたら、いつものペースで生活できれば有り難いな、と思い、このホテルにメールで問い合わせをしたら、大丈夫です、と返事がきて、さらには、明日のチェックアウトも午前11時の定刻を過ぎて、12時半頃でも無料で対応させていただきます、とまで書いてあったので、ありがたくて返事を送ったら、また返事が来て、勝手に親近感を抱いていたのだが、そのメールの発信者である係の人はまだ見ていない。

 

 そうして今日も朝になり、妻だけが出かけて帰ってきているが、どうやらカードキーがうまく開かないみたいだった。さっき出かける時に、練習したら、と言ったら、大丈夫、と自信を持って答えたので、と思ったが、やっぱりダメみたいだった。外にはホテルの人まで来ていて、妻が一生懸命何回、さしても赤いランプがつくのに、その人が入れたら一回で青になった、と妻は悔しそうで不思議そうに言っていたが、それだけ、うまくいかないのはスゴイと思った。そして、笑った。

 

 この2時間で妻は買い物をしたり、手帳を書いたり、とエンジンがかかったせいか、それからバナナを食べたり、お茶を飲んだり、支度をしている私が待ちきれなくて、そわそわして、先に1階に降りてる、というくらいだったが、なんとか間にあって、12時過ぎに部屋を出た。

 

 外は雨が降っていたから、フロントの女性にバスの事を聞いたら、すぐそばにフラットバス、という巡回バスが来て、1回、100円で、カサをさして、バスを待っていたら、そこは金沢城のお堀端で、松があったり、植物があったりで、その時間も妻はうろうろとして写真を撮っていた。バスは、城の周りを回るように走って、落ち着いた光景ばかりが続いて、10分くらいで目的のバス停に着いた。

 

www.kanazawa21.jp

 

 大きい丸で、ガラス張りの建物、というのは、来たばかりだけど、こういう古くからの街では変に目立ってしまうのではないか、と思っていたが、少しくぼんだ場所にあるせいと、高さがあんまりないせで、それほど、うわっというほど目立つわけでもなく、周囲は古くからの松の木、というものに象徴されるような空気があるのに、美術館は、確か、建って5年くらいらしいが、けっこうなじんでいるようにも感じた。こういう建物が、こういう街に(それほど知らないけど)よく建設するまで、こぎつけた事に何だか感心する。

 

 展示は、コレクション展と,横尾忠則展。

 何しろ、やっと来れたし、妻と二人で他に気を使わなくてもいいし、という事で気持ちは浮かれていた。午後1時近くになっていたので、おなかがすいたという妻と食事をして、それも外がよく見える場所で、外からも見えるということだけど、なんだかくつろいで、幼稚園の生徒がやたらと列を作って歩いているのが目立った。そして、歩いている大人の速度も少しゆっくりなような気がした。

 

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広瀬光治と西山美なコの“ニットカフェ・イン・マイルーム”」。2009.4.29~2010.3.22。
金沢21世紀美術館

 

 ニットをテーマにして、毎日、何か編める、というのがあって、妻はここから行きたがったので先に行った。展示室の中は、編んだものでうめつくそうとしているような床になっていた。

 中央に、ニットで編んだ大きい冠みたいな屋根みたいな場所があったり、あちこちにニットで編んだ花があった。そういう中で係員が3人で編み棒を使って、何かを編んでいた。花みたいだった。

 ちょっと見ると作り方は決まっているのが分り、参加できても、その決められた作り方に従って作らなくてはいけないのも分り、そして、その制作が難しそうなのも分り、同じような事を考えていた妻も、やっぱりやめる、という事になり、ただ、この展示室の作品は気にいっていて、そして、しばらくいたら、わあー、と言って、ちょっとさわってしまった観客が注意されたりしていた。

 

 常設の作品も、いろいろある。

 

 植物で出来た壁みたいなもの。その中をガラスの中を通って、歩きながら見る。植物の橋、というような名前がついていて、この作品は、テレビなどで紹介されていた時から、妻がやたらと気にいっていたみたいで、今も見ながら私が知らない植物の名前をあれこれ言って、そしてスケッチしていた。もっと大規模にやっても面白いのに、などと無責任な事を思っていたが、その橋には表裏が明らかにあり、そして、植物好きには受けるような植物がうわっと植えてあって、パンフレットでは100種類くらいあるという事で、そう言われても、と思ったが、100種類でこの規模だったら、タテ3メートル。ヨコ6メートルくらいだと思うが、もっと大きくしたら、すぐに何千種類必要、みたいな事になるのかも、とも思った。

 須田悦弘の作品もあった。あると知らなかっただけにテンションも上がる。四角いガラスケースのすみっこに生えた小さい雑草が作品だった。それも、ホントに本物のように、より見えるようになっていた。腕が上がる、という事が実感で分るようにも思えた。バラ、という作品は壁にあった。花びらがちょっと遠い壁まで散っていた。そして、美術館のガラスの壁の向こうに落ちていた1枚の15センチくらいの葉っぱも作品で、それは須田ファンと言っていい妻も、これは本物でしょ?というくらいの出来で、作品と分って、さらにテンションが上がっていた。

 

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コレクション展「shift 揺らぎの場」。2009.9.12~2010.4.11。金沢21世紀美術館

 コレクション展の映像作品は、海外のアーティストのものが多く、なんだか深刻そうな画面で、確かに何かしらの意味があるのだろうけど、それを係のおそらくボランティアの人に聞いても、質問用紙を渡されて、これに書いてもらえれば後日、答えを送らせていただきます、と言われても、そこまでする気もなく、少し知っていて、少し教えてくれた方が興味が持続するのになどと思った。

 

 カプーアの作品が常設されている部屋があって、そこは背の高さよりも高い位置に壁に埋め込まれるように作品があって、球体を半分にして、その中に濃い青い色を縫って、すると、その空間がどこまで続くか分らない不思議な感じが出て来る作品が多い、というより、この人の作品で、それ以外のものを知らないけれど、その前に石の台があったから、その上に立って見ていたら、そこに立たないでください、座ってください、みたいな事を言われ、説明書みたいなものを渡され、ある角度では、この楕円が正円に見えて、みたいな事が書かれていたが、これくらい自由に見させてくれよ、と思ったが、頑固そうな係の人には何を言っても通じないような気がした。

 

 村山留里子という、いろとりどりの怨念みたいな大きな布みたいな作品が天井から下げられるように部屋をおおうようにあって、その作品を、わーっと言って近づいている妻が、まだ作品まで2メートルもあるのに、さわらないでください、と言う係員に少しイラっとした。ルールを守ることだけが優先されて、楽しさを削るような行為にも思え、なんだかこれからの先行きの暗さみたいなものも思った。もう1回、来たいけど、こういう記憶はそれをやめようかな、と思いとどまらせるようなものになってしまう、とまだ見て回りながら、思った。

 

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「未完の横尾忠則 君のものは僕のもの、僕のものは僕のもの」。2009.8.1~11.3。金沢21世紀美術館

 横尾忠則展は、いつもの独特の感じに思えたけれど、最近は、公開制作をけっこうやっているようで、一度は見たいと思っているのだが、Y字路のシリーズは相変わらず続いていて、やっぱり絵として好きだと思いながら、その横に小さいモニターを並べ、製作中の様子が再生されているのだけど、それが早送りになっていて、それを許した横尾忠則ってすごい、と思えた。

 

 でも、観客としては、その方がありがたいのだった。いつもの絵や、昔の絵もあったし、そして、自分自身の40年くらい前の作品を自分でリメイクしていて、でも、それはミュージシャンのセルフカバーというものに近い感じがして、今の作品の方が私個人が好きなのは、今の作品という感じがしたせいだと思う。そして、映像作品などをいくつか見たあとだから、かもしれないけれど、その手作業の気配が素直にいいと思えた。瀧のポストカードを並べて部屋も、下を鏡のように映る素材にしたおかげで、すごく下まで広がりのある空間に思えて、気持ちがよかった。

 

 

 一通り見終えて、ミュージアムショップへ行き、いろいろと買った。こういう時だけ、金に糸目をつけないような性格になって、7000円くらい買った。おみやげものや、私は須田Tシャツを買わせてもらった。

 

 カフェに行ったら、おかえりなさい、と言われた。 

 さっきカフェを出てから、3時間はたっていて、まだ美術館にいて、まだいようとしている。滞在時間は、トップクラスになるのだろう。それから、タレルの部屋を行った。空がやっぱり不思議なものに見えた。色もキレイだった。そして、その部屋は静かで気持ちよく、天気のいい日没の時に,確かにまた来たいと思わせるものがあった。その部屋は、ちょうど視界にギリギリ入るくらいで空が切り取られている。考えたら、空だけを見ることはほとんどない。見上げたとしても、他のいろいろなものが目に入ってくるわけだし。ここは、雨が降ったら、雨が入ってくるけど、ずっと座っていたいと思わせるものがあった。

 

 午後6時くらいに美術館を出た。雑誌に載っていたお店は休みで、そこの繁華街からけっこう歩いて、近江町市場にまで来て、そのビルの地下でお茶漬けを食べた。昼にたっぷり食べたからちょうどよかった。

 すごく楽しい一日だった。

 

 

(2009年の時の記録です。多少の加筆・修正をしています)。

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