アート観客   since 1996

1996年からアートを観客として見てきました。その記録を書いていきたいと思います。

映画「シン・ゴジラ」。2016.9.26。川崎トーホー(ダイスビル内)。

映画「シン・ゴジラ」。2016.9.26。川崎トーホー(ダイスビル内)。

2016年9月26日。

 最初は期待もしてなかったのだけど、そのうち、ツイッターなどで、その評判を知るようになり、ゲンキンだとは思うけれど、見たくなったら、小学生の頃、夏休みのたびに、とまではいかなくても、ごくたまに見る映画が、「ゴジラシリーズ」だったことを思い出し、田舎の古い体育館みたいな場所で見たことや、小さな町に本屋が一軒だけあって、いつもは「子供の科学」を買っている場所だったのだけど、その夏に見たのだか、その前に見たのだか、「ゴジラ」の本があって、小さなカラーのほぼ写真ばかりの本だったけど、それを買って帰って、そっと読んだのを覚えている。そんなことも思い出したりして、さらには、区役所で「シン・ゴジラ展」を見に行ったということもあるし、何しろ見に行きたいという気持ちが重なって来て、見に行きたいと思った。

 

 テレビでハリウッドでのゴジラを改めて見て、これじゃない、といった気持ちにもなって、そして、「シン・ゴジラ」の情報に接するたびに、そういえば、総監督が、エヴァンゲリオン庵野秀明だったというようなことを、それほどエヴァンゲリオンに詳しくもないのに、やっぱりすごいのかも、などと思ったりもしたので、よけいに、見に行きたい気持ちになった。妻と一緒に見る機会がなかなかないままに時間がたち、遅くなると、朝早くとか夜だけになってしまって見に行けないというパターンかと思ったら、人気が続いたせいか、見られる時間にまだ映画をやっていたので、今日、出かけることになれた。
 

 予告編が長かった。

 映画の最初から、会議の連続で、ただ書類を配ったり、会議室のセッティングの映像だけで、妙に盛り上がる気持ちになるところとかが、エヴァンゲリオンっぽいなあ、と思ったり、やたらと大きく文字が出る所とかもそうだよな、と思ったり、いろいろな視点が一気に押し寄せるところとか、何しろゴジラが、最初は違う形態で出てきて、気持ち悪くて、得体が知れなくて、使徒みたいなどと思ったりもして、それに対してのグダグタな対応が続いていて、だけど、こういうところは今の日本に相当詳しくないと、分からないから、海外で受けなかった、というのは分かる気がした。

 

 でも、そのあとにゴジラが変態までして、その前にも後にも、大田区がたくさん出てきて、わりと近所が闘いの場所になっていたりもして、あそこだ、あの橋が壊された、とか、盛り上がったり、知っている場所が出て来ると、それだけなんだか気持ちも盛り上がる。放射能を吐き出す前に、まずは何かを吐くように下へまき散らしてから、上にいくみたいなところとか、背中からもビームのように放射能が出ているところとか、そういう造形とか、行動とかが、恐くて、意外で、さらには、美しいといっていい瞬間がかなりあって、見に行ってよかった、と思えた。

 

 

 

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