アート観客   since 1996

1996年からアートを観客として見てきました。その記録を書いていきたいと思います。

新・今日の作家展2024「あなたの中のわたし」。2024.9.14〜10.7。横浜市民ギャラリー

 

2024年9月26日。

https://ycag.yafjp.org/exhibition/new_artists_today_2024/

(新・今日の作家展2024「あなたの中のわたし」)

 

 今回の「新・今日の作家展」は2人の作家が取り上げられていた。

 1人は、布施琳太郎。

 美術に関するメディアなどで、時々見かけるようになり、グループ展では作品も見たのだけど、もう少し違う作品も見たいと思っていたから、この機会に見たいと思った。

 

1994年生まれ。東京藝術大学美術学部絵画科油画専攻卒業、2019東京藝術大学大学院映像研究科メディア映像専攻修了。スマートフォン発売以降の都市における「孤独」や「二人であること」の回復に向けて、自ら手がけた詩やテクストを起点に映像作品やウェブサイト、展覧会のキュレーション、書籍の出版、イベント企画などを行っている。主な活動に個展「新しい死体」(PARCO MUSEUM TOKYO2022年)、廃印刷工場でのキュレーション展「惑星ザムザ」(小高製本工業跡地/東京、2022年)、ひとりずつしかアクセスできないウェブページを会場としたオンライン展覧会「隔離式濃厚接触室」(2020年)など。

                    (「横浜市民ギャラリー」サイトより)

 

 この展覧会でのプロフィールだが、この中の廃印刷工場でのキュレーション「惑星ザムザ」は、まだコロナ禍が今より怖い頃だったので知っていても行けなかったかもしれないが、でも、行きたい展示だった。

 

 そして、もう1人は、スクリプカリウ落合安奈。

 今回のチラシなどのメインビジュアルの写真を撮影した作家、というくらいの情報しかなかった。

 

 それでも、用事が済んで、なんとなく疲れて、電車に乗りながら、持っていったお菓子などを食べ、コーヒーを飲んだら、少し回復し、だから桜木町の駅で降りて、荷物も重かったけれど、駅のロッカーは現金が使えないこともあって、荷物を2つに分けて、少し楽になったと思いながら歩いて向かった。途中の坂道は、やっぱり辛くて、荷物のバランスが良くなっても、結局は総重量が変わらないことを思い知らされるように足が重かった。

 右側に立派な神社があり、見るたびに、少し驚き、それからギャラリーまでは、すぐだった。あるのは知っているけれど、すぐそばに来るまで美術やギャラリーの気配が全くしないので、ここに到着するたびに、なんだかホッとする。

 

布施琳太郎

 ギャラリーに入り、ロッカーに荷物を預け、受付に向かう。

 入場が無料なのは、とてもありがたい。

 そこで、今回のパンフレットを渡されるが、12ページもあるキチンとした作りだった。ここに作者のコメントなども載っていて、これは、現代美術では、その意味も重要になってくるので、鑑賞後に読んでも意味があると思う。

 小さい金属製の懐中電灯も渡される。

 それは1階の展示室の布施琳太郎の作品は、壁に小説が書かれていて、それは展示室が暗いために、それを読むために使ってください、と言われる。

 展示室には、何かの声や音が響いているが、基本的には、壁に紙のようなものに文字が印刷されていて、それも、1枚に何百字くらいの文字が書かれていて、それを読み終わると、次の紙の文章にうつるために、歩くことになる。

 その途中に立体もあったし、動画もあったので、それは若い作家でもあるし、テクノロジーが自然に使われているとも感じるのだけど、その展示のメインが、紙に書かれた小説、というとてもオーソドックスな方法をメインにしている。

 確かに、大昔からある方法だけど、人の心に届く、イメージを広げさせることに関しては、効果的な方法だと改めて思った。

 それも、この場所でしか読めなくて、その内容も、このギャラリーのある横浜に関係していて、その開発にまつわる史実や、さらには、今では欠かせなくなったスマホやアプリが関係するストーリーだから、ポケモンの開発者の思惑なども書かれていて、それは、現実を思い起こさせることによって、よりイメージが広がっていく。

 その最後の方には、比較的大きい画面での映像作品が流れる。

 実写や、CGが混じり合って、だけど、それは自然に流れているのは、作者にとっては、どちらも普通に使っているように思える。

 孤独とか、孤立とか、信頼とか、そんなような話が勝たれているのだろうけど、その作品の感触は冷静というか、少し距離がある感じがする。それは個人的な印象にすぎないけれど、そういう作家なのかも、とも思った。

 気持ちが静かになった。

 映像もずっと見ていたかったのだけど、午後5時過ぎに入館したので、午後6時に閉館と言われて、だから、このままだと次の展示が見られないので、部屋を出て、懐中電灯を返し、階段を降りて地下一階の次の展示室へ向かう。

 

スクリプカリウ落合安奈

 写真が並んでいた。

 すごくきれいで、だけど、華やかではなく抑えられた印象だった。

 気持ちに届きやすい作品だと思った。

 渡されたパンフレットを読むと、スクリプカリウ落合安奈は、日本とルーマニアの2つの母国を持つ作家が、母親であり写真家である落合由利子の作品も含めての展示だと知った。

 

1992年埼玉県生まれ。2016年東京藝術大学美術学部絵画科油画専攻卒業(首席・学部総代)。2019年東京藝術大学大学院美術研究科修士課程グローバルアートプラクティス専攻修了。現在東京藝術大学大学院博士後期課程在籍。2022~2024年公益財団法人ポーラ美術振興財団令和4年度在外研修(ルーマニア)。

                    (「横浜市民ギャラリー」サイトより)

 

 そういえば、作品を見ているときは気がつきにくかったのだけど、作家が生まれた頃の写真があったのだから、本人ではないとわかるべきだったのだけど、全体で印象が似ていたせいか、気がつかなかった。

 2022年、パンデミックが少しだけ落ち着き、でも、同時に隣国のウクライナでは戦争が続いていたとき、約1年間、ルーマニアに滞在して撮影された写真は、スライドになり、少しゆったりした展示室で、その説明のような、タイトルのような文字が写って、そのあとに写真が何枚か映る。

 その繰り返しで季節も移っていくのだけど、閉館時間が迫っていたので、内心、ちょっと焦りながらも、約7分だと分かったので、全部見ることができた。

 まったく違う国で、知らない習慣での生活なのに、そこに流れる長い時間のようなものまで、そのわずかな時間しか見ていない観客にも伝わってきたような気がした。

 写真が、何しろ澄んでいて美しく、それがこれみよがしでない品の良さのようなものがあって、決して気持ちが盛り上がる、という方向ではないのだけど、大げさかもしれないが、心に少し力が与えられたような気がした。

 見てよかった。そして、こうした優れた作家を知ることができてよかった、と思った。

 

 

 

(『ラブレターの書き方』布施琳太郎)

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