
https://www.tokyo-park.or.jp/special/2025art_hibiyapark/visual/index.html
(『Hibiya Art Park2025』)
2025年5月8日
公園内に入っても、「Hibiya Art Park2025」を示す立体看板は控えめにあるものの、入り口付近には、作品がどこにあるのか、といったものを示す矢印などはないから、プリントアウトして持ってきた地図を見ながら、いったん立ち止まって、進むことにした。
入り口から一番近いのが「B」という表示。
久保寛子。「やさしい手」が、ここからそばにあるはずだ。
それでも、すぐそこに見えるわけではないのは、公園が大きいということだと思うのだけど、地図よりも遠い感じで、それも木々などがあって、先も見えず、という先に人だかりがあった。
池に、大きいあおい手が、そっと水面に指をつけているように見えた。
実際に見ると、表面がブルーシートで覆われているのがわかって、そのことが造形物の完成度としてはイマイチではないか、という印象になった。
それでも、池の表面に浮くように見えている大きな手は、「差し伸べられている」感じがして、それは「やさしい手」というタイトルにふさわしいように思えた。
池のそばには、キャプションのような立て看板がある。
そこには、この「やさしい手」のことが書かれている。アーティストは、久保寛子
手の造形自体は、弥勒菩薩や、古代エジプトの神や、赤子の手を参考にしている。ということは、人類だけではなく、それを超えたような存在だから、ちょっと人間離れしているのだろう。
同時に、ブルーシートが使用されているのも、災害や工事現場などでよく目にする身近なものでもあるし、それは、破壊と創造の象徴の一つのようになっているから、ということだった。
そういうことであれば、そこで意味が加わるし、「やさしい手」という名称にも複雑さが重なるので、目にして、おお、と思った感じだけではなく、その文章を読んだあとだと、納得感のようなものも加わって、さらには、その作品のそばには、長く生きてきたような鳥がいて、ずっと羽づくろいをし続けていて、その姿も、そこにいた人たちの視線を奪っていた。
天気はいい。
池も整えられていて、少し上を見ると、大きなビルが建っていて、都会の中にあることも忘れさせない。
でも、この空間は、公園で、基本的には誰が来てもいいはずで、だから公共の公という文字がついているのだと改めて思う。
こうした広く、開かれた場所で、「やさしい手」はすごく違和感があり、周囲の風景からくっきりと際立っていて、だけど、少し見ていると、そこにあるのが自然に見えてくるのは、広い場所にちょうどいい巨大さなのかもしれない。
見たいと思って来て、その作品に実際に接しても、その期待を上回るというか、さらに意味が重なることで、違って見えた。だから、やっぱり実際に来てよかったし、この作品は、別の場所で見たら、また違う風景が見えるかと思うと、なんだかすごいと思えた。
指先で、この大きな手を支えているのはわかるけれど、その設置面を極限まで小さくしている、おそらくはとても難しいことを実現している工夫のおかげで、この「やさしい手」は天から現れて、そっと池の表面をさわっているように見える。
なんだかすごい。
それに、写真で撮ると、ブルーシートを巻き付けてあるような感じが薄れ、その上で、その青い色が薄く見えて、より不思議な印象が増した。
次はAに行く。
小さな森
次は、持って行った地図だと、すぐそばにあるようなのだけど、公園が広いせいか、自分の土地勘がないせいか、園内の通路の曲線が多いせいか、ちょっと不安になる。
それでも、木々や植物の間を通って歩いていくと、広い芝のような場所の真ん中に小さい森のような場所が見えて、公園としてはやや不自然な感触があったら、それがAだった。
アルファベットで、最初の文字が付けられた作品ということは、このアートインスタレーションを企画した側からは、イチオシということなのだろうと思う。
そばによるとキャプションのような立て看板があって、そこに「流れを生む森」。小金沢健人+西島清順。とある。
そして、ここが人工的に作られた小さい森であることが示され、夜には光が照らされるらしいが、それは、この森の中に入り、あちこちにライトが用意されているのでわかるが、さらには、足元に急に煙のようなものがたったりする。
さらには、外へ出て、眺めていると、ビニール傘が用意されていて、それをさして、中に入っていく人たちがいる。すると、スプリンクラーのような装置が動き始め、その小さな森に雨が降っている。
もう一度、入って、雨の中を傘をさしたい気持ちになる。
キャプションには、この公園が、伊達政宗の屋敷だったことから始まり、関東大震災の時には仮設住宅が建てられ、国葬も行われ暴動もあり、戦後はG H Qに接収され、屋外ダンスホールとして使われたこともある歴史が短く書かれているが、そんなに様々なことに使用されたことも初めて知った。
それを知った上で、今回の作品も、その歴史の流れの中にあることを意識しているのだろうし、観客にも、そうしたことを考えさせてくれる。
すでにあるもの、ここまであった出来事は、今は見えなくなっても、なくなっても、知ることによって、微妙に見え方が変わる。
そんなことも考えた。
少しでも冷静に考えれば、これだけの植物を新しく、ここに揃えて、整えるだけでも大変なことは想像がつく。
そして、どこまで残るかわからないけれど、今回のインスタレーションも日比谷公園の歴史のなかに刻まれるはずだ。
作品はあと3つ。
卓球台
次はC。Aからは、公園内を横切るように、かなり遠くまで歩くような位置。
1カ所に作品を固めてくれれば、作品を見る側にとっては楽かもしれないが、そうなると、この広い公園を使った意味が薄まるし、などと思いながら、地図を見て、次のインスタレーションを目指す。
途中には工事中の施設があったり、そして、思ったよりも遠く感じるのは、こうして隅々まで、この公園を歩いたことがなく、知らない場所を移動しているせいもある。
さらに広い芝生のスペースがあって、そこは人が入ってもいいから、まるでビーチのように寝転がっている人も多いし、外国人と思われる人も目立つし、そこにはくつろぎ方がうまい人ばかりが集まっているように思える。
何かの養殖場のようにさえ見えるが、その先に、作品のCがあった。
卓球台が並んでいる。そこで、誰でも卓球ができる、ということらしい。楽しそうだったけれど、平日の昼間とはいえ、満卓(という言い方は違うかもしれませんが)なのと、一緒に行った妻は、ここまで歩いたせいもあって、やや乗り気ではないためもあり、プレイは諦めた。
風が強かったので、ちょっとやりにくそうだったけれど、こうして公園に来て、弁当でも食べて、少し卓球でもやれたら、そして、その後に芝生に横になって短い時間の仮眠でもとれたら、それは、ちょっとしたパラダイスだと思った。
イタリア人アーティスト ジャコモ・ザガネッリによる『Hibiya Ping Pong Platz』プロジェクトで、この卓球台もオリジナルにデザインされたらしく、それは納得できるかっこよさがあった。
インスタレーションは、あと2つ。
あまり、攻略というか、制覇的な発想をしていると、逆に豊かさが損なわれると思いながらも、でも、やはり公園の広さに、緑の草花や木々に、思ったよりも強い太陽の光に、体力のない人間は弱い。
巣の構造
卓球台から、北の方角。霞ヶ関駅の方へ歩くことになるけれど、そこへ向かって、少しでも近道をできないか、などと思って、妻と2人で歩く。
次の作品は、やはり池の上か、中に設置されているようなのは、地図を見ていると、それだけはわかった。
池が見つかる。その向こうは、広い都会の道路が走っている。でも水があるだけで、やっぱりここは公園のような気がしているが、池の中に鉄製の古くからの像のようなものがあるけれど、それは噴水でもあるようだ。
池のほとりから、その方向を見ると、そろそろ西日になってきた太陽の光がまぶしくて、よく見えない。
でも、池の中に鶴をかたどった鉄の鋳造物が設置されていて、その周囲に、ゴムやプラスチックか、何かよくわからないものの、それは公園にはないような異質なものが組み合わせてあって、それは現代のものだった。
昔からある像のようなものと、新しくつくられたというか、組み合わされた作品は、思った以上に一体感がある。
その上で、新鮮というか、もし今度ここにきて、この宮崎啓太『巣の構造』がなくなっても、鶴の噴水が、たぶん、古くからのあるものだけど、ちょっと見え方が違うような気がする。
作品はあとひとつ。公園に来てから、もう1時間以上は経っていると思う。
遺跡のような作品
プリントアウトして持っていった地図を見て、あとは、日比谷公園の中でも、行ったことがないような場所だと思いながらも、そして、地図だと、「巣の構造」がDで、次はEで、結構近いのだけど、歩き始めると、少し遠い。
どこだろう、と思うような頃に、日比谷公園の中に、さらに公園がある。そこは、オフィス街のそばの、都心の緑ではなくて、遊具も並んでいて、子どものためのスペースになっている。なんだかちょっと不思議な気持ちにもなるし、急に違う空間になっている。
その入り口に、Eという矢印もあったので、この中だとは思ったけれど、まだわからない、と思ったら、少し遠くに周囲とはちょっと異質な物体があった。
そのときに、出かける前にサイトを見て、まだ接していない作品があったことと、そのぼんやりしたイメージと重なった。
「ハイヌウェレの彫像」
地面に、昔からあるような、少し崩れかかったように見える、大きな像が、あおむけに倒れているようで、しかも、その体がバラバラになっている。
その周囲には、草花もあって、だから地面となじんでいて、自然の一部になっているようだった。
その周りをぐるぐると回る。写真に撮ろうと思っても、その全体を入れることができないくらいの大きさだった。
この作品は、久保寛子で、最初に見た「やさしい手」の作者だった。公園のような広い場所のインスタレーションに向いている人だと思った。
この作品も、像を壊すことによって豊穣を願うという習慣があったり、それは、世界各地に伝わる「ハイヌウェレ型」と言われる食物起源神話に通じる思考があり、それは、殺された神の死体から作物が生まれたとする物語にもつながる、といった説明があり、その意味は重層的であることを知る。
それでも、子どもたちが遊ぶような公園の中に、こうした遺跡のようなものが設置されていて、視覚的にも新鮮だった。
しばらく近くで周囲を歩き、少し遠くから眺め、日比谷公園の中の公園の静かさのようなものも初めて味わえたので、それも良かった。
これで5つの作品を全部見た。
そこから、また最初の「流れを生む森」と「やさしい手」を見ながら、出入り口に向かうことになり、また歩くのかとも思ったけれど、帰り道の方が短く感じた。
都心としかいいようのない場所に、とても広い公園があって、それは、当たり前のように考えているけれど、誰もが入って、公序良俗に反しなければ何をやってもいいのが、公共的な空間であるはずで、そんなことを改めて思い出した。
この公園というぜいたくさのようなものを感じ、この「Hibiya Art Park2025」には、第2期があって、それはパフォーマンス中心ということで、それも、広い空間を使うらしいので、ちょっと楽しみになったのは、この第1期が来る前に想像していた以上に、印象深いインスタレーションばかりだったからだと思う。