アート観客   since 1996

1996年からアートを観客として見てきました。その記録を書いていきたいと思います。

アート観客のはじまり

 このところ、アートを見る機会が、ほぼなくなってしまいました。

 今の状況では、仕方がないとも思いますが、この20年以上、特に辛い時など、気持ちを支えてもらってきた事実も変わらないと思っています。そして、今振り返ると、ありがたい気持ちにもなります。

 実際に、直接、アートに触れることがほぼできなくなってしまった、この機会に、ここまで見てきた展覧会、個展、本、作品などのことを、少しずつ、書いて、伝えてみたいと、思うようにもなりました。

 最初は、それまでアートにほぼ興味がなかった人間が、どうやってアートを見るようになった話から書いてみたいと思います。

 

 

 昔は、美術やアートと呼ばれるものに、ほぼ興味が持てなかった。

 学生の授業の時も面倒くさくて、美術が好きではなかった。

 美術にまつわることも、好きではなかったと思う。

 

 高校の時、隣のバス停から乗ってくる女子が、肩かけのカバンを頭にかけて後へたなびかせていた。頭にみぞがある、といわれるくらい、そのカバンはズレなかった。その子は演劇部だった。美術とは違うのだろうけど、自分の中では一緒で、バスの窓から走る姿が見えるたびに、不思議な気持ちになっていた。

 

 大学の時、美大系のサッカー部と試合をしたことがある。約30年前なのに11人の選手のうち、2人もモヒカン刈り(ハードバージョン)だった。あまり近くに寄りたくないのに、マークすべき選手がそのうちの一人だった。彼はチームの中では上手いのにヘディングをしない。そのぶん守っていて楽だった。

 

 社会人になって、スポーツのことを書く仕事を始めた。

「芸術的なプレー」という表現に、「なんで、芸術の方が上みたいな書き方をするんだ?」などと軽い反感を憶えていた。

 

 1990年代「トゥナイト2」という深夜番組があった。とても軽いタッチの深夜番組。そこで、イベント紹介があった。「TOKYO  POP」。その展覧会は神奈川県の平塚でやっていることを知った。わずかに映る場面はちょっと魅力的だけど、都内からは遠い。でも、妻が行きたがった。

 

 出かけて、良かった。

 身近な印象の作品も多かったが、それが逆にリアルで、いいと思えた。

 これまで、ひたすら自分と関係ないと思っていたアートの方から、初めてこちらに近づいてきたように思った。

 30代になって、初めて、アートが面白いと思った。

 

 それまでの遠ざける感じから見たら、調子がいいとは思うのだけど、それから、アートは自分にとって必要なものの一つになった。

 それが1996年のことだった。

 

 気がついたら、美術館やギャラリーに、作品を見るために、出かけるようになっていった。自分にとって、ウソのない作品が見たいと思っていた。辛い時ほど、触れたくなった。気持ちを支えてくるものになっていた。週1レベルだから、たいした数ではないかもしれないけれど、気がついたら、20年以上の時間がたち、何百カ所は行ったと思う。

 

 今回の機会に、これまでの記録を少しずつ、お伝えしていきたいと思っています。

 

 

 

 

 

(右側のカテゴリーは、

 「展覧会の開催年」

 「作家名」

 「展覧会名」

 「会場名」

 「イベントの種類」

 「書籍」

 

 の順番で並んでいます。

 縦に長くなり、お手数ですが、

 そうした項目の中で、ご興味があることを

 探していただけると、ありがたく思います)。

 

 

MOTコレクション。特集展示『横尾忠則 水のように』。2023.12.10~2024.3.10。東京都現代美術館。

特集展示『横尾忠則 水のように』。2023.12.10~2024.3.10。東京都現代美術館

2024年3月10日。

 東京都現代美術館の常設展は、ここ何年か充実していることが多い。

 1階は「歩く、赴く、移動する」をテーマにし、それまで見た記憶がないような作品も多く新鮮だった。

 そのあと、3階に上がる。

 展示室に入ると、サム・フランシスの作品が並んでいる。

 とても大きく、空白が広すぎると思っていた作品が、壁一面に広がるように設置されていて、そこにはベンチもあるから、時間があればもっとゆっくりとしたいくらいだけど、やっぱり気持ちがよかった。

 そして、こうした作品は、何枚も、広くて天井が高い空間にあってこそ、力を発揮するように今回も思えた。

 

 そのあとの展示室には「横尾忠則のゆかりの作家たち」というテーマで作品が並んでいる。

 こうした「ゆかり」というくくりで、紹介される場合は、かなり強引なことも多いのだけど、横尾忠則は、長く現役で積極的に作品を制作し続けていることもあって、本当にいろいろなアーティストと関わりがあることを改めて知ったりもする。

 

 ジェニファー・バートレットという作家は、初めて知った。

 重く強い色合いで、力強く描かれた絵画。それと呼応するようなざっくりとした立体がそばにあって、何とも言えない広がりを感じた。

 そして、こういう場所で、知らない作家を知ることができたのも、収穫だった。

 

 横尾忠則は、「水のように」というテーマで、また特集展示がされていた。

 この20年間でも、横尾忠則の作品は、あちこちで見てきた。昔のスター・デザイナーでもあったことは知っていたし、ポスターも有名だし、それは過去の作品ではあったけれど、新鮮だったし、何より横尾は、この時間も現役で、しかも、新しい作品を文字通り次々と大量に制作していたから、新作も見ることができてきた。

 もちろん、その作品は、いつも一目見て「あ、横尾忠則だ」と分かる作風は同じだったのだけど、次々と違うことをテーマにしていて、だから、いつも新鮮に感じた。年齢のことを語るのは失礼だとは思うけれど、80代後半で、観客も次の作品へ期待させるのはすごいことだと改めて思う。

 今回の特集展示も見たことがある作品と、見たことがないかもしれない作品が混在していて、それも時代も結構バラバラだったはずなのだけど、横尾作品としての統一感はあった。

 何だかすごい。

 

常設展

 3階の最後の展示室には、いつも宮島達男の作品がある。

 壁を覆うような大きさのボードに、無数のカウンターが設置されている。

 それは、少し遠くから見ると。星の瞬きようにも思えるけれど、それぞれのカウンターは、9から1までを繰り返し、0のときには、ただ暗くなるから、黒に見える。

 そのそれぞれのカウンターの数字が変化していく速度も違うから、とても早く変わっていくところと、なかなか次の数字にいかない場所もある。全体をぼんやりと見ていると、ちょっと眠くなるような感じにもなるし、そうやって、個々のカウンターに注目すると、その違いが気になってもくる。

 

 常設展も、大体が企画展に合わせて、会期が決まっているから、今回、こうして紹介してきた展示も、おそらく全く同じように作品が並べられることはないはずだ。

 だから、終わってしまった展示を書いても、それを読んでもらって、興味を持ってくれた場合にも、もう同じ展示を見ることはできない、と思う。

 それでも、東京都現代美術館の常設展示は、これからも収蔵作品は増えていくはずだし、そして、今回も、前回も期待を裏切らない新鮮な展示をしてくれたので、まだ見ていないことに対して何かいうのは難しいとしても、次の常設展も、きっと、いつも同じではなくて、テーマを掲げて、まるで企画展のような展示が見られると思う。

 

 そして、常設展の最後に、宮島達男の作品があるのは、おそらく変わらないのは、かなり巨大で重量もありそうで、場所を変えるだけでも大変そうだからだけど、変化のある常設展の後に、いつも同じ作品が見られる気持ちよさは感じるので、ずっと、この場所にあることも嬉しいように思う。

 

 

『GENKYO 横尾忠則

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MOTコレクション『歩く、赴く、移動する 1923→2020』。2023.12.10~2024.3.10。東京都現代美術館。

MOTコレクション『歩く、赴く、移動する 1923→2020』。2023.12.10~2024.3.10。東京都現代美術館

東京都現代美術館

 美術館に行くときは、その時期に開催されている企画展を目的に出かけることが多い。

 だから、常設展は、その鑑賞のあと、心身の余裕があれば見ることになる。だから、どうしても、気持ちの中で、ついで、といった感じがあって、東京都現代美術館ができた頃も、そんなふうに常設展を見ていた。

 建物の隅っこに常設展の入り口があって、そこから歩いて入ると、現代美術の定義の一つといわれる1945年以降の作品が並んでいる。それは、確かに日本の美術の歴史であって、重要なのはわかるのだけど、2000年代の初頭までは、常設展では、そこにいつも同じような作品を見ることになって、だから、どうしてもマンネリな感じがしてしまって、余計に、見る機会が減っていた。

 

常設展の変化

 それが、いつのことかよく覚えていないのだけど、東京都現代美術館の常設展は変わってきた。もしかしたら、3年の期間を使ってリニューアルした後の2019年以降かもしれないし、それ以前かもしれない。

 どちらにしても、明らかに変化をしてきた。

 毎回、常設展であってもテーマを掲げることは慣習化されているようなのだけど、最近は、そのテーマに沿っていて、企画展と思えるほど新鮮で充実した展示になっている。

 だから、ここ何年かは、企画展を見て、それが興味深いほど微妙に疲れるのだけど、それでも、常設展に足を向けるようになった。

 妻と一緒に東京都美術館に行って、企画展を見て、そのあとに疲れていたとしても、妻にも、できたら常設展を見ようと、以前よりも積極的に誘うようになったのは、その展示が魅力的になっていたからだった。

 そして、見る前には、どんな展示かもわからないのだけど、ここ最近は、実際に鑑賞しても、期待を上回ることが多くなっていた。

 今回の常設展は、2023.12.10~2024.3.10までの期間だった。

 

『歩く、赴く、移動する 1923→2020』

 展示室には戦前の作品から並んでいた。それは「現代美術」という定義から見たら、違うのかもしれないけれど、それにはきちんと意味があった。

 最初の展示室のテーマは「1.東京を歩く」だった。

 街を歩き、そこで出会った風景を描くこと----- 冒頭の一室では、今年100年の節目を迎えた関東大震災から、第二次世界大戦後までの東京を一堂に展示します。

 災害のことは、自分自身が当事者でないほど、忘れていくことが多い。それは、自分でも情けないというか、恥ずかしい思いもあるのだけど、もしかしたら、大災害ほど忘れたい、というような気持ちさえあるのかもしれない、とも感じる。

 だから、関東大震災から100年経ったことも、全く知らなかったのは、そうしたことを覚えたくないような思いがあるせいだろうけれど、それだけの年月が経っても、こうして、その現場を知っている作家が描いたスケッチでさえも、何もなくなってしまったことは伝わってくるし、日常が嫌でも変わってしまったことも描かれている。

 その行為は、パンフレットによると、鹿子木孟郎は「罹災者の避難を浴びながら」の写生でもあったようなのだけど、それは、いつの時代の災害でも共通することでもあって、だけど、このことを残さなければ、という使命感のようなものもなければ、できなかったことだろうとは思う。

 そして、松本竣介の戦中戦後のデッサンや、スケッチなども並んでいた。

 その展示室の意味の重さに改めて気がつけたのは、常設展とは思えないほど、40ページにも及ぶ、デザイン的にも力が入ったのがわかるパンフレットがあって、それを持ち帰り、読んだからで、鑑賞後に時間が経ってからでも、そうした資料があると、自分の中で作品の意味自体が変わるのが、わかる。

 

現場、清澄白河、世界

 赴いたり、歩いたり、移動するのは、東京だけではなく、さまざまな場所になる。

「2. 現場に赴く」では、社会の現場といえる場所を描いた作品が並んでいる。

 戦後日本において政治的/社会的な事象の現場に赴き、それを取材して描く「ルポルタージュ絵画」と呼ばれる表現を見せた作家たちを取り上げます。

                    (パンフレットより)

 労働問題など、さまざまな課題があり、そうした現場のことについては、おそらくは内部に入って撮影なども難しくても、そうした事象を取材して描くことはできる。そうした思いもあって、制作された作品で、それは重さもあるけれど、当たり前だけど伝わる力も強かった。

 そして、こうした作品が、この東京都現代美術館の初期の常設展で、展示室に入ると最初の方で並んでいた印象だった。

 

「3. 清澄白河を歩く」

 この美術館の地元が清澄白河で、1990年代後半に、この美術館ができた頃は、何もないような場所に思えていた。古くからの商店街はあったけれど、個人的な印象では、2015年にブルーボトルコーヒー清澄白河に日本初上陸してから、他のカフェやオシャレなショップが増えてきたように思う。

 それ以前のスケッチや、現在に近い風景は、「ワタリドリ計画」が作品化してくれていた。

 麻生知子と、武内明子の二人が、日本全国を旅して、それを題材にして展示を行うプロジェクトで、「ワタリドリ計画」の作品を最初に見たのは、岡本太郎美術館で、受賞作品としてだった。そのときも、人間が感じられる範囲を、丁寧に手作り感が伝わってくる形にしていて新鮮だったが、今回も、2020年当時に、美術館周辺の深川を旅して制作されたものだった。

 絵画を中心に、カルタの制作まで行っていて、それは、都内という身近な場所であっても、旅が成立することや、美術館の周辺は観客として何度か訪れている場所だったから、知っていると思っていても、まるで知らないことが多いようにも感じた。映像もあって、それは、テレビで見る「街歩き」のようでいて、柔らかさはあるものの、独特の生々しさがあって、目が離せなかった。

 この「ワタリドリ計画」の作品があったことで、今回の常設展を見てよかった、と改めて思えた。

 

(「ワタリドリ計画」サイト)

http://www.wataridori-keikaku.net

 

 他にも、世界を歩いたり、移動そのものを作品化したりして、スケールも大きく、もしくは視点が混乱するようなものだったりもして、それは、これまでの常設展でもしかしたら見たことがない作品が並んでいたように思う。

 ここまでも、長い時間を行ったり来たり、身近な場所だったり、遠い世界へ向かったり、といった作品が展示されていて、気持ちや思考もあっちこっちへ動かされた気もして、少し疲れたけれど充実した思いになった。

 

 そして、1階の展示の最後には、文庫本を使った作品があった。

 それは、ささやかに見えて、物理的にも小さかったけれど、文庫本に刺しゅうを施した作品は、特に妻は、とても熱心に見ていた。それは、小さな工夫にも思えたけれど、その文庫本は、旅や冒険に関する作品で、作者の福田尚代が繰り返し読んでいた大事な本らしく、そのことが、その文庫本を読み込んだ状態にしていたし、そこに時間が形になっているように思えて、作品に力を与えているように見えた。

 

(「ひかり埃のきみ」福田尚代)

https://amzn.to/3VJQm89

 

『具ささ』。2024.3.2~3.24。青山|目黒。

『具ささ』。2024.3.2~3.24。青山|目黒。

(『青山|目黒』 サイト)

https://dictionary.goo.ne.jp/word/具に/

 この展覧会のタイトルは「つぶさささ」と読むと、ギャラリーのサイトで初めて知った。

 もし、文章で使うとすれば、「具に」ということになるらしいし、それは「細かくて、詳しいさま」になるから、「具ささ」という言葉が正確かどうかはわからないけれど、おそらくは、細かさ。だけど、その細かさだけではなく、詳しさ、とかも含めた表現なのではないか、といったことを考えてしまう。

 

キュレーション

 最初に目に入ったのはキュレーションした人の名前だった。

 遠藤水城

 2017年に栃木県での展覧会をキュレーションし、そのことを書いた記事を読んで、どうしても行きたくなって、まだ介護中だったけれど、妻と相談して、家から片道2時間以上かけて、知らない街の駅に降りて見に行った。

 

(『裏声で歌へ』 「アート観客」ブログ)

https://artaudience.hatenablog.com/entry/2020/07/08/104941

 それは、意外なほど派手な印象のある「戦争柄」と言われる着物や、地元の中学校の合唱コンクールの映像や、それに最も見たかったのが、東日本大震災にショックを受けて制作した「水中エンジン」で、そこに探知機があるような場所で、だから、場合によってはリスクのある作品だけど、それが作動し、クルマのエンジンが水の中で動いているだけなのに、どこか怖さとか不思議さとか、いろいろな感情が起こったのを覚えている。

 その展覧会のテーマは、おそらくは重いものでもあるのだろうけれど、作品は多様で、もちろん「水中エンジン」もそうだけど、視覚的な刺激も新鮮で、自分にとっては遠出でもあったのだけど、行ってよかったと思えた。

 これは、やはりキュレーションの力を強めに感じた。

 それから、年月が経っていても、その名前を覚えていたくらいだった。

HAPS

 美術界のシステムなどは、よく知らないのだけど、今回の展覧会は、HAPSという団体によって開催されているらしい。

 

(「美術手帖」サイト)

https://oil.bijutsutecho.com/gallery/277

HAPS2011年に東山 アーティスツ・プレイスメント・サービス(HAPS)として設立され、2019年より一般社団法人HAPSとして活動するアート・インスティテューション。HAPS OfficeHAPS StudioHAPS House京都市内に3ヶ所の拠点を持ち、若手芸術家の居住・制作・発表支援、文化芸術による共生社会実現など、現代美術に関わる多様なプログラムを展開。
 

 HAPS KYOTOではHAPS監修のもと、京都出身、京都を拠点として活動するアーティストを紹介。今後の飛躍が期待される若手や商業ベースに乗りにくい作家、京都のアートシーンに確かな足跡を残してきた作家をHAPS独自の視点でセレクト、その収益を作家本人ならびに今後の作家支援に還元する。

                            (「美術手帖」サイトより)

 こうした活動が本当に正常に機能していたら、それはアーティストにとってとてもありがたい団体だと思う。

 

(「HAPS KYOTO」サイト)

https://haps-kyoto.com/tsubusasasa/

今回の展覧会「具ささ」は、「HAPS KYOTO」出展作家である武内ももと、大田黒衣美・黒田岳・斎藤玲児・千葉雅也といった、ジャンルや年齢にとらわれない表現者が一堂に会します。多様な作家それぞれの方法が積み重ねられた作品を、会場に配された「具」ととらえ、作品同士の相互作用とそれらを包摂する部屋の様相を「具に」ご覧いただくことを通じ、手法やメディウム、空間を超えた共鳴が直感されることでしょう。

                         (「HAPS KYOTO」サイトより)

 やや分かりにくい文章だけど、その空間が、あまり経験のないような気配になっているかも、などと楽しみになったのは、キュレーターの遠藤水城の展覧会の記憶があったせいだと思う。

 

2024年3月16日

 今回は中目黒から歩いた。

 目黒区役所を通り過ぎ、さらに歩いて、かなり遠くまで来たのでは、と思う頃に急にギャラリーは現れる。

 入り口は、鉄でできていて、一見、ドアのように見えないが、そこを開けると、中に入れる。

 思ったよりも、ガランとしていた。

 それは、壁に設置されている作品のサイズがどれも小さめだったからだ。

 陶器や紙やキャンバスのようなものだったり、とその素材は様々なのは分かったけれど、どれもA4サイズに収まる大きさだった。

 さらには、その形も色も一見主張が強くないので、白い壁になじんでいて、さらには、展示されている作品同士も、自分が前に出る感じではないから、刺激も少なく思えた。

 それで、その空間には「具」があるのに、そして、それなりの数の作品も存在しているのに、鑑賞者に迫ってくるような気配は薄かった。

 だから、空間が広く感じたのだと思う。

 

つぶさに

 その奥のスペースでは、映像作品が流れている。

 人やものや風景が断片的に、つながりもそれほどなく、それもブレたりピントが合っていなかったりする画面が変わっていく。

 何が起こるわけでもなく、そして時々、静止画(たぶん、写真なのだろうけど)になる。

 全く知らない人や、見たことがない場所のはずなのに、なんとなく懐かしい、という感じがするのは、誰かの日常の映像で、それも、例えばドラマのようなフィクションや、バラエティ番組で耳にする「撮れ高」とは全く真逆の、だけど、見ていて感じる退屈さや親近感は、生きている時間の大部分が、こうしたことなのではないか、といったことを思うのは、やはり、ここに来る前に「具ささ」のことについて、どうしても考えてしまっていたせいかもしれない。

 それは、斎藤玲児の作品だった。

 しばらく少し暗い中で、その映像を見て、また明るい展示室へ戻る。

 

 それぞれの作品は、やはり小さく、さりげなく、だけど、「つぶさに」見ていくと、当然だけど違う。

 その中で、最も日常的な素材と制作方法だと思ったのは、紙にテープを貼り、そこに何かを描き加えただけの平面だった。

 千葉雅也。

立命館大学大学院先端総合学術研究科教授。20世紀の哲学思想を起点とし、芸術、文化、社会について幅広く考察している。小説家としても活動する。以前行っていた美術制作を2020年に再開した。本展がその最初の展示となる。

                  (「HAPS KYOTO」サイトより)       

 ギャラリーで見ていたときは、失礼なことだけど「千葉正也」と思い込んでいて、いつもの作品と違うなどと勝手に思っていたが、哲学の分野で、自分が理解が届かないところもあるが、小説などでも重要な作品を発表している「千葉雅也」だったことに後になって気づいた。

 ギャラリーで見ているときは、この誰でもできそうな行為で、だけど、それを最低限な動きで、作品として成り立っていることに、しばらく見ていると、「具ささ」といったことを、分かっていないとしても、思っていた。

 他にも制作方法としては、伝統的な焼き物としての作品もあって、かなりオーソドックスに見えるものと、ただ焼いただけではなく、それを方法として選択しただけで立体作品のように思えるものがあった。

 それぞれ、黒田岳と、武内ももの作品だった。

1946年長野県生まれ。萩陶芸家協会正会員。南地工房にて作陶。一度焼いた上からさらに焼成を重ねる「鬼萩」と呼ばれる手法を用い、通常の萩焼より強度が高く、力強い表情と質感の器を生み出している。

                         (「HAPS KYOTO」サイトより)

 これは黒田岳のプロフィールだけど、このギャラリーに並んでいるせいか、その「強度」が目立たなかった。

 

1997 年生まれ。2021年京都精華大学芸術学部陶芸コース卒業。陶芸と人、その周辺で同時に起こりうる複数の時間や身体のあり方について関心を持ち、暮らしにまつわる人やもの、風景や現象を起点に、陶芸の素材に由来する特性や焼成による変化を重ね合わせた作品を制作・発表する。

                        (「HAPS KYOTO」サイトより) 

 これは武内もものプロフィールで、この作品にまつわるあれこれに関しては、その立体は大げさでなく、でも素材も含めて複雑さは感じるし、作品名に、その要素が表されているように長い文章があった。

 

こちらから見に行くこと

 そして、小さいとしても、絵画のような作品もあった。

 それも、あいまいな仕上がりだから、オーソドックスとは言えないけれど、ここにあると、変な表現だけど、美術作品に見えたが、ただ、その表面は半透明な紙のようなもので覆われていて、よく見えない。

 だから、近づいてよく見ても、でも、その全体としてつかめない感じは変わらなくて、それでも、最初にギャラリーに入ったときのように、ただ見まわしただけだったら、その感じは、味わえなかったと思うから、やはり、こちらから見に行く感じがないと、印象も違っていたと思う。

 

ウズラの卵やチューイングガム、ティッシュペーパーなどを素材として、絵画、写真、映像、インスタレーションなど、さまざまな手法を用いて不安定な心に潜む原始的な知覚や思念を顕現させる作品を制作している。

                    (「HAPS KYOTO」サイトより)

 

 これは大田黒衣美のプロフィールで、ここまでの感覚は分からなかったけれど、それでも、見ようと思って見たから、この感じには、少しだけど近づけたかもしれない。

 

だから、もしも、この小さい作品が並んでいて、その前に「具ささ」といった言葉や、どういった経緯で、この展覧会が開かれているかを知らなかったら、おそらく、ただ空間が広すぎる、といった印象で、こちらから見に行かないと、分からない部分が多い作品が多かった、と思う。

 

 そうであれば、やはり、こうした展覧会は、そこにまつわる言葉に触れた方が、より豊かになったし、それこそ「つぶさに」見ることができたのは、そうした言葉のおかげだったと思う。

 

 

 

 

未来のアートと倫理のために | 山田創平, 鬣恒太郎, 今井朋, 樅山智子, あかたちかこ, 小泉明郎, 内山幸子, 吉澤弥生, 竹田恵子, 飯田和敏, 鷹野隆大, 緒方江美, ウー・マーリー, 住友文彦, 猿ヶ澤かなえ, 三輪晃義, 遠藤水城, 百瀬文, 堀井ヒロツグ |本 | 通販 | Amazon

 

 

 

 

『都市にひそむミエナイモノ展』。2023.12.15~2024.3.24。SusHi Tech Square。

『都市にひそむミエナイモノ展』。2023.12.15~2024.3.24。SusHi Tech Square。

 美術館に行くと、だいたい少し隅っこのスペース。入り口付近や、トイレに行く時の動線に、他のギャラリーや美術館のチラシが置いてあるスペースがあって、そこで、次の機会に行きたいところを探す。

 その中に、いつも使ういくつかのサイトには載っていないような展覧会などもあって、それは思ったよりもいいのか、それとも残念な展覧会なのか、といった邪推をしてしまうけれど、とにかく行ってみないとわからない。

 今回も、『都市にひそむミエナイモノ展』は、自分にとっては未知の展覧会だった。

 

作家名

 まず行ったことがない場所だった。

 最初は、何を書いてあるのかよく確認もしないで、浜松町の駅から近いこと。無料で観覧できることだけをみて、チラシをもらってきた。

「スシ・テック・スクエア」という名前で、それは、おそらくは海外むけのネーミングではないかとは思うのだけど、坂本九の「上を向いて歩こう」の曲を「スキヤキ」としてヒットさせる感覚を思い出してしまい、ちょっと警戒もした。「クールジャパン」を押し出した政治がらみの動きは、納得もできなかったからだ。同時に、本当に、ここに寿司屋もあればいいのだけど、と余計なことまで考える。

 

 あとは、当たり前だけど、誰が出品しているかで、判断したりもする。

 自分の無知もあるのだけど、ほとんど知らない作家ばかりだった。その名前が並ぶ中に、「八谷和彦」という名前を見つける。正確に言えば、「八谷和研究室」に所属する作家が二人作品を出すということだった。

 島田清夏・平野真美

 それで見にいこうと思えた。

 

八谷和彦

 もう、随分と昔になってしまうけれど、八谷和彦というアーティストを知ったのは、メールソフトの「ポストペット」の開発者だったことで、現実の社会で商品化できて、それもヒットする作品を出せることに、次の時代を感じていた。メディアアーティストと呼ばれていた。

 2000年代には、「風の谷のナウシカ」に出てくる、ナウシカが乗って空を飛ぶ「メーヴェ」を実際に制作し、それに乗って空を飛ぶ、というプロジェクトを10年かけて行っていたが、その前に、エアボードプロジェクトにも取り組んでいたのを覚えている。

 https://artaudience.hatenablog.com/entry/2020/07/27/102809

 東京都現代美術館の中庭のような場所で、「バックトゥーザフューチャー」の主人公が「未来」で乗っている「エアボード」を実作し、本人が試乗したことがあった。最初は、多くの人が取り囲んでいて、かなり近くにいたのだけど、小さいながらもジェットエンジンがかかり、音が無段階に上がっていき、その後のごう音は、あまり近くで聞いたことのない災害のような印象だったから、私だけではなく、そこにいる人たちみんなが後ずさりしていたと思う。

 ただ、八谷本人は、そのエアボードに乗り、冷静な表情のまま浮遊していた。

 その作品への覚悟も含めて、すごいと思っていたから、さらに危険性のある「メーヴェ」を本当に飛ばしたということを知っても、なんだか納得がいった。

 今は、アーティストでもあるけれど、東京芸術大学の「先生」でもあって、その研究室で学ぶ人が作品を出展するというので、行こうと思えた。
 

キュレーター

 あとは、展覧会のキュレーターによって、随分と違う展示になるはずだから、チラシに書いてある塚田有那という人を調べた。失礼ながら、どんな人かを知らなかったし、他の展覧会でもその名前を見たことがなかった。

 

『BE AT TOKYO  塚田有那』

https://be-at-tokyo.com/projects/beatcast/5846/

 

 こうした記事を読むと、申し訳ないのだけど、恵まれた環境で育って、20代から才能を発揮しているキラキラした人に思えて、なんだかとても縁遠く感じたし、企画した展覧会なども、コロナ禍もあって知らないままだった。

 ただ、同時に、こうした記事にも気がついた。

 

(『都市にひそむミエナイモノ展』 本展キュレーターのご逝去について)

https://sushitech-real.metro.tokyo.lg.jp/second/news/52/

 

 プロフィールによると、1987年生まれだから、まだ40歳にもなっていないはずで、どうやら病気だったことも他の情報で知ったものの、それは、やはり理不尽なものに感じた。

 それも、キューレーターを務めた展覧会が始まった翌日に亡くなったことを知った。

 

 

『都市にひそむミエナイモノ展』

https://sushitech-real.metro.tokyo.lg.jp/second/

 

2024年3月9日。

 どうやら東京都が主催しているかどうかもわからないけれど、そうした「スシテックスクエア」の「スシ」は、「サステナブル ハイ シティ」のアルファベットから作った略語のようなものらしいが、そういう言葉を知ると「官製展覧会」ではと、再び警戒心が募る。

 浜松町で降りて、歩いて、元「無印良品」があった場所に、その「スシテックスクエア」はあった。入り口付近にスタッフが大勢いて、何かを配ったり、あちこちに机があって、チラシのようなものが置かれていて、会場の雰囲気は、東京ビッグサイトでの展示会のような感じだった。

 入り口付近には、この展覧会の大きいタイトルがある。

 そのそばには、小さく、キュレーターの死去に関する文章があった。

本展キュレーターの塚田有那さんが、2023年12月16日に逝去されました。
本展覧会への多大なるご尽力に感謝申し上げ、心よりご冥福をお祈りいたします。

 こうして明らかにするのは、まともなあり方だと思わせた。

 

 会場は思ったよりも広く、そして、想像以上に人が多かった。入り口で、パンプレットのようなものを渡してくれて、さらに、子どもたちの姿が目立ち、ちょっとした観光地のようで、ちょっと気持ちが引けた。

 入り口の付近には、映像が目立って、それは、子どもたちが参加していて、シミュレーションゲームのような作品は、ちょっと遠くから見るだけだったり、横断歩道を、AIに見つからないように向こうまで渡り切るようなチャレンジは面白そうだったし、困難な課題をクリアしてゴールをした人には拍手が起こっていて楽しそうだったけれど、列ができていてあきらめる。アニメの聖地をテーマとした作品は、映像をしばらく見ていて、その字幕で語られている内容での期待を上回りそうもないと感じ、席を立った。

 それでも、会場は広くて、もう少しいろいろと回ると、目をひく作品はあった。

 

あの山の裏

 藤倉麻子の作品は、出来上がりの途中のような小屋のような立体があり、その壁に抽象的で、でもちょっと得体のしれない映像が流れていて、それは印象に残るようなものだった。
 

 いつも目にする景色の「裏側」を想像したことはありますか?かつて共同体のなかでは、その地にそびえたつ「山の裏」に楽園や死後の世界があるとも考えられてきました。それは物理的な場所と捉えられることもあれば、人々のイメージのなかにだけ存在する世界であったりもします。

 都市郊外で生まれ育った藤倉麻子は、現代の都市がつくりだす風土のなかにも、「山の裏」を想起してしまう、ささやかな信仰が生まれていると言います。巨大なインフラ構造のすきまからのぞく遠浅のビーチの看板。そんなかすかな景色の残像が、人々に現代の楽園を想起させるのだと。

 手渡されたパンフレットに書いてあった作品の説明自体が、とても興味深かったし、そうした都市のすきまのような部分のことを、その藤倉の映像作品を見ながら、自分にとっても、そうした「山の裏」のような場所があったのではないだろうか、という記憶の検索のようなものをしていたと思う。

 だから、自分にとっても普段の意識とは違う働きをしていたはずだ。

 

特別展示

 この「特別展示」と、他の展示がどう違うのかはよく分からないし、その説明もなかったはずだけど、平野真美と、島田清夏の二人の作家は、東京藝術大学の「メーヴェ」に乗った八谷和彦の研究室で学んでいる学生だった。

 

 平野は「蘇生するユニコーン」という作品。

 ケースの中には、ぐったりと横たわった「ユニコーン」がいて、それは平野が体のさまざまな部位を創作し、そこに酸素や液体を送り込んで、蘇生させている。

それは、その創作物のあり方が、架空の生き物なのに、いるのかもしれない、といった気持ちになったりもして、それは、その周りのにぎやかさとは異質な作品に思えた。

 

 島田は「おとずれなかったもう一つの世界のための花火」という作品。

 それは、もともと日本の花火大会は、祭りと鎮魂の意味を持っていたにも関わらず、災害時には中止になりがちだった。

 2020年にコロナ禍で日本各地の花火大会が中止になった。もしも、行われていたら、という仮定で、それを映像化した作品。

 もしも、鎮魂という意味があるのであれば、コロナ禍での犠牲者のことも含めて、意味を重ねてほしかった、といった観客としての勝手な思いもあったけれど、花火、というもの自体の存在については、少し考えさせてくれた。

 

 他にも広くて、プレイグラウンドというような、いってみれば参加型のような場所もあって、本当にゆっくりしようと思えば、二時間以上はいられそうな展覧会だった。

 最初は、すぐにでも帰ろうと思っていたのだけど、何人かの作家の作品のおかげで、40分くらいはいることができたし、スタンプを集めて、帰るときにステッカーももらったので、楽しめたのだと思う。

 ただ出口のところに、何分くらい滞在しましたか?ということで、押すボタンがあって、それに協力はしたのだけど、そうしたデータもとるところが、公共事業っぽいし、ちょっと怖さも感じた。

 当初は、3月10日までだったので、少し焦って行ったのだけど、24日まで会期が延長になった。

 それが納得できるほど、人が多くいたのも事実だった。

 

 

 

 

 (『ART SCIENCE IS.』 塚田有那)

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2024.3.13 アートブログ 『豊嶋康子 発生法──天地左右の裏表』。2023年12月9日〜2024年3月10日。東京都現代美術館。

 

2024年2月27日。

 1990年代の末だから、もう25年くらい前のことになる。

 豊嶋康子の作品は目にしていて、記憶に残っているけれど、印象に強いわけではない。

 

 確か、一本の鉛筆の真ん中を削って、そこに両方から芯が出て、それがつながっているような鉛筆がケースに入っている作品だった。それはパッと見ると鉛筆が二本ありそうだけど、一本の鉛筆が、そのような形になって、でも、使えない状態になっている。

 それは、学生のアイデアのようなものを形にしていて、誰もができそうで、しかも身近でスケールが大きいとはいえなくて、だけど、少しでも考えたら、鉛筆はその頃は、もっと日常的に使われていて、このように真ん中を削って、鉛筆だけど、鉛筆ではないようなものを実際につくって、それを作品として展示するまでが、実はかなり困難なことに後になって気がついたりもする。

 さらには、壁にたくさんの振込カードが展示されているのは分かった。そこに作者の豊嶋自身の名前もあったから、作家本人が行った行為なのも理解できたのだけど、その意味自体がよく分かっていなかった。

 だから、人目をとてもひく、というような作品ではなかったから、強く印象に残ったわけではなかったのだろうけれど、でも、そうした誰もができそうに思えた作品も、意外と、似ている作品が少ないまま、年月が経った。

 

習慣

 私も1990年代が終わる頃に、介護を始めて、仕事もやめて、それから、20年近く介護を続けることになったけれど、その間も、アートを見に行くことで、気持ちが支えられる習慣は続いていた。

 介護が終わった後に、コロナ禍になりアートを見る機会が圧倒的に減った時期もあって、それでも人混みを避けながら、時々見に行った。こういう言い方は失礼だとは思うけれど、私が行きたいと思うような現代アートの展覧会は、かなり空いていることが多かったから、そういう意味ではコロナ禍でも行けたのかもしれない。

 そして、2023年の年末から、豊嶋康子のかなり大規模な個展が初めて行われるということを知った。

 

インタビュー

『Tokyo Art  Navigation  豊嶋康子インタビュー』

https://tokyoartnavi.jp/column/33746/

 そうした個展が開かれることもあって、インタビューも行われ、考えたら、初めて作家の考えていることを、比較的詳しく知ることもできたし、この30年の経過も少しだけど、分かるような気がした。

 勝手に意外だったのが、アーティストとして、かなり苦しんだ時期が長いことだった。

 

若くしてデビューしたものの、その後は大きな活動の機会も減り、悩みの時代が続いた。地道に制作を続けるも、展示やレジデンスの機会に恵まれず、周囲の動きに戸惑っていたという。

豊嶋 2000年代はターニング・ポイントがないことがターニング・ポイントのような時代でした。デビュー後、1994年には美術評論家の鷹見明彦さんらが企画した展示に呼んでいただき、今後発表の機会が増えるのだろうと思っていたら、そうでもなく。95年には一人暮らしを諦めて埼玉の実家に戻りました。そして、戸惑いのうちに2000年代が進みました。
少し上の世代は海外に行っているという情報もあり、私もどこかにいくべきかといろいろ申請しましたが、《ミニ投資》や《口座開設》は日本のシステムを使っていますから、文脈が複雑で説明が必要な作品になってしまう。そうして私がもたついている間にコマーシャル・ギャラリーが増加し、自分より若い世代はそこに所属することが普通になった。ちょうど世代の狭間に落ちたような感覚でしたね。「私はこんなに考えているのに、なんで上手くいかないのか」と不貞腐れていた。「ポイント」ではなく、長期的な焦りのような「ターニング・ゾーン」とでもいう期間が200007年頃まで続き、とても悩んだ時期でした。

──その長いトンネルをどう抜けたのですか?

豊嶋 その状況に飽き飽きして、どうして不貞腐れたのかわからなくなるほどエネルギーを使い果たしたのが2007年ぐらいです。ちょうどそのころ、相撲を見ることに不思議なほど集中した時期があって、そこで毒が抜けたと言いますか、徐々に道が開けていきました。 (「Tokyo Art  Navigation 」より)

 

 豊嶋は、東京藝術大学在学中に、美術館でのグループ展に作品を展示していたのだから、未来は明るく見えていたはずだ。さらには、このインタビューの中にあるように20代のうちに美術評論家の企画した展示にも呼ばれれば、もっと発表の機会が増えると思ってしまうのは自然なことのはずだ。

  だから、私が豊嶋の作品を初めて見た1990年代の後半は、すでに本人的にはうまくいかず実家に戻っている頃だったのも、このインタビューで初めて知った。

 

  ただ、1990年代後半の観客にとっては、豊嶋はまだ若手で、新表現主義という、かなり粗い説明をすれば、その時代の「新しい絵画表現」が盛んになっていた頃だったから、豊嶋のようなコンセプチャルな表現を続けている作家は希少なようにも思えたし、そこに勝手に強い意志を感じていたから、当たり前だけど、作品にそうした戸惑いのようなものを見ることができなかった。

 

  その後、実はかなり長い年月が流れていて、その間も現代アートを見続けていたけれど、豊嶋の作品は時々、見かけていた印象があるし、2010年代半ばには、グループ展で見たのは新作のはずで、それはパネルを使ったものだったけれど、スタイルは違っているにも関わらず、20年前に見た作品と、一貫してつながっているように感じた。

 

  インタビューによれば、2000年から2007年という長い年月の間、かなり戸惑いと焦りの中にいたことは、観客としては感じなかった。

 

  ただ、今回、こうした本人の言葉を少しでも知ると、若くしてデビューできたとしてもアーティストとして続けていくことの難しさを改めて感じ、こうしてコンパクトにまとめられているものの、その焦りと戸惑いの時間は、豊嶋の30代とほぼ重なっていたはずで、作品制作に関してはもっとも体力も気力も充実していたはずの時期に、発表の機会に恵まれなかったのに、それでも、やめなかった凄さのようなものの、勝手に感じていた。

  それで、より今回の個展に興味が持てた。

 

 

豊嶋康子 発生法──天地左右の裏表

https://www.mot-art-museum.jp/exhibitions/toyoshima_yasuko/

(「東京都現代美術館」サイト)

 その展示会場は、東京都現代美術館の1階で、外からも内部が見える。木製の並んでいる姿は、窓を通しても、なんだか美しく見えた。

 最初の部屋には、木製のパネルが並んでいる。

 そして、最近の展覧会には紙製のハンドアウトは少なくなってきて、QRコードを読み込んでください、といった場合も増えてきて、スマホも携帯も所持したことがない観客にとって少し戸惑うこともあったのだけど、この展覧会はそのハンドアウトはあった。

 そして、普段はそれほど見ないことも多いのだけど、今回の展覧会に関しては、この説明が必要不可欠だった。

 展示されている作品には、キャプションなどはないから、ハンドアウトを見て、現在位置を確認して、そして番号と作品が一致しているのも見直して、その番号の説明を読む。

38 パネル

2013―

本来は干渉する部分ではない

パネルの裏面に、他にあり得るであろう

骨組みのパターンを増やし続ける。

壁に斜めに掛けてあるので、鑑賞者は

作品の横から裏面を覗き込むことができる。

         (展覧会「ハンドアウト」より)

 そんな言葉があったものの、それで、何か見え方が違ってくるわけではなかった。ただ、実際に存在するものに対して、作家が働きかけて、本来とは違うものにしている。そういう意志のようなものは伝わってきた。

 壁には、色のついている不定形なピースが並べられていて、それは不規則な曲線を描いているが、目指すべき正解ははっきりしているジグソーパズルのピースが使われていた。

 そのことを知ると、ちょっと見え方は変わって、そのピースがその正解のどの部分だろうということを、分かるわけもないのに、ちょっと探ろうとしている自分の意識に気がつく。

 透明なケースの中に、たくさんのサイコロが並べられている作品もある。

04

サイコロ

展示会場でサイコロを振る。

片手に一握り、箱ごと一気に、

アンダースローで、など

私が決めたさまざまな振り方によって

サイコロの目が出る。

        (展覧会「ハンドアウト」より)

 

 この偶然性をギャンブルなどの「実用」に使うこともあるのだけど、このサイコロは、ただの偶然を記録するように形にしたものだった。しかも、この「制作」は1993年とあるから、それから30年以上が経っても、それは過去の偶然が、そのまま残されている、ということになると思うと、ただサイコロが並んでいるのに、ちょっとだけ違って見えてくるような気がする。
 

個人と社会

 廊下のような、外も見える場所には「復元」と名づけられた作品が並ぶ。

 それは、現代陶器のような外観をしているが、作家の想像力を形にしたものだった。

25 復元

身の回りに落ちていた破片を集め、

もともと在ったであろう形体に復元する。

今ある破片からかつて在った全体を

創造(想像)する成り行きを、

「器」の形としてあらわす。

        (展覧会「ハンドアウト」より)

 

 見ていて、ちょっと面白く意外だったのは、その「破片」が復元した全体に比べると、本当に小さくて、この小さい「破片」から、この全体をつくったことを想像すると、その想像力の強さみたいなものも感じられたことだった。

 

 次の広い展示室には、初期の作品も並べられた。

 もっとも最初期の「マークシート」。(1989-1990)

 イスと机が一体化していて、かなりコンパクトなのだけど、白くて、ちょっとかっこいいその机の上に紙が並べられている。それは、いわゆるマークシート方式の解答用紙の、本来、塗るべき細長い楕円の部分だけを残して、他の部分を鉛筆で真っ黒に塗りつぶしている、という作品だった。

 入試試験というシステムを、採点する手間を少しでも省くために開発されたのがマークシート方式のはずで、このテストのために、普段はあまり使わない鉛筆を用意し、何本もよく削って、そして、このマークシートは塗りにくく、面倒臭かった印象も思い出し、さらには、こうして他の部分だけを塗りたくなるような衝動も確かに少しはあった気もしたが、でも、実際にできなかったのは、試験に関係ない行為である以上に、とても手間と時間がかかることを想像しただけで気持ちが萎えてしまうからだった。

 だから、この行為をしているだけでも、なんだかすごいと思えてしまったし、他にも、見たことがない作品や、過去に見た記憶がある作品も並んでいるが、個人が社会に対して、それも大規模ではなく、スキルや時間は必要だとしても、誰もができるような介入方法を提示しているようにも思えた。

 

 分度器や定規をオーブントースターで加熱して、本来とは違う形にしてしまったものは、その偶然性も含めて、どこか美しくも見えたし、作家が自分と社会が関わった結果を、そのまま展示することによっても、作品として成立していること自体に、ちょっとうれしい気持ちにもなったのは、自分にも何かできるのではないか、といった思いになれたせいかもしれない。

18

発生法2(断り状)

これまでに受け取った各種の断り状を

保存・収集し、印刷物の作品として扱う。

       (展覧会「ハンドアウト」より)

 たくさんもらった就職活動の時の「お祈りします」と書かれた自分の断り状も、まだ保管していることを思い出した。

 

19

発生法2(通知表)

1998

小学校、中学校、高校から受け取った

通知表を展示する。他者が

私の存在について入力した方法を、

自分の方法としても提示する。

          (展覧会「ハンドアウト」より)

印象の強い作品

 そして、過去に見て、この作家のことを覚えさせてくれた、印象の強い作品も並んでいる。

13

 鉛筆

 1996-1999

 鉛筆の中心付近に芯が出るように、

 両側から中心に向かって削っていく。

 1本の鉛筆は2本で向かい合う形となり、

 内向きの芯を折らない限り

 使用することができない

       (展覧会「ハンドアウト」より)

「ミニ投資」(1996-)は、とても少額で株式投資をしながらも、その変動を列挙しながらも、生涯売却しない作品だったし、「振込み」(1996-)は、現在では違う意味合いを持つ言葉にもなってしまったけれど、自分の銀行口座に、ATMから振り込みを続け、その際に「振込みカード」も発行し続け、その振込みカードを展示している作品。

 こうした詳細はハンドアウトを見ながらわかっていくことだけど、やはり、ただ作品を見るだけよりも、こうした意味合いを知りながら鑑賞すると、その淡々とした物質に違う意味を帯びてくるようにも感じる。

 振込みカードは、通常は、こうした使い方をしないものだけど、でも、こちらが機械に対してリクエストすれば、毎回、律儀に発行され、それにかかる経費なども考えてしまう。

 そして、ケースの中に通帳が何十冊も並んでいる。

 そこに記された銀行名は、2020年代の現在では、すでに存在しない銀行もいくつもある。

 

15

口座開設

1996-

銀行口座での口座開設の手続きで

1,000円を入金して、2週間後に届く

キャッシュカードを待つ。

カード到着後に口座開設時の1,000円を

引き出し、別の銀行で口座を開設する。

この手続きを繰り返す。

         (展覧会「ハンドアウト」より)

 

 昔、最初に見た時は、この方法まできちんと理解していなかったけれど、これは原理的には銀行が存在する限り、無限に続けられるはずで、しかも入金1,000円ですぐに引き出されるとしたら、やはり銀行側の経費としてはマイナスになるのではないかなどと思ったけれど、こうした誰でもができるけれど、思いつかず、さらには実行するにはややハードルが高い行為を形にして作品化していることに、20年ぶりに見て、改めて感心もした。

 他にも、木彫りや、照明や、比較的、身近な材料や、それほど困難でない作業だけど、無意識に他の方法はないと思われているようなオーソドックスな作業を選択していないことで、作品になっている。

 できそうでできないことが形になっているように感じた。

 

 それが作品の種類としては50以上も並んでいて、このハンドアウトの番号は、作品の制作順に並んでいるようで、数字が若いほど、より古い作品になっているのだけど、そのためいん一見、ハンドアウトでは数字の並びがアトランダムで、ちょっとわかりにくくもなっているが、そのことも含めて、作品の意味を増やしているようにも思える。

 

 コンセプチャルアートは、個人的な印象としては、かなりクールで、それは言葉を変えれば理性は動かしても感情に関わってくることは少なかったので、展覧会場に入る前は、少し構えるような思いもあった。

 だけど、展覧会場に滞在する時間が長くなるほど、その作品を、美術作品、それも現代美術の作品として成り立たせるために、作者がどれだけ考え抜いたのだろうか、といったことを想像すると、それは自分の気持ちにも届くような気がした。

 

 さらには、30年以上、作品を制作し続けた歴史の蓄積にも思いが至ると、それだけでもさらにさまざまな気持ちになれた。

 

 

 

『豊嶋康子作品集 1989-2022』

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『MOTアニュアル2023  シナジー、創造と生成のあいだ』。2023.12.2~2024.3.3。東京都現代美術館。

MOTアニュアル2023  シナジー、創造と生成のあいだ』。2023.12.2~2024.3.3。東京都現代美術館

2024年2月27日。

 それほど華々しく宣伝するわけでもないし、今回も、知っているアーティストがいるわけでもないけれど、それは、いつも私にとっては新鮮な展覧会になるので、ぜひ、行きたいと思っていて、そして、天候や健康やさまざま事情によってギリギリになってしまったのだけど、それでも妻と一緒に行けることになった。

 新橋からバスに乗って、約40分。たっぷりと時間をかけて、だけど、バス停からはすぐなので、ありがたかった。美術館の中は、会期終了間近とはいえ平日のせいか人も少なく静かだった。

 そして「MOTアニュアル」の入り口には、チラシと同じビジュアルで、「創造と生成のあいだ」というタイトルがプロジェクターのようなもので映し出されていた。

MOTアニュアル」は1999年に始まり、若手作家の作品を中心に現代美術の一側面をとらえ、問いかけや議論のはじまりを引き出すグループ展のシリーズです。19回目を迎える本展では、アーティストの想像力や手仕事による「創造」と、近年、社会的に注目を集めるNFTや人工知能、人工生命、生命科学などのありようを反映するかのように自動的に生まれる「生成」とのあいだを考察します。              (「MOTホームページ」より)

 

 ホームページには、こうした文章があり、入り口にプロジェクターによるタイトルがあって、もしかしたらテクノロジーが強調されすぎるのではないか、といった警戒心が出てしまったのは、恥ずかしながら今だに機械に弱いからかもしれない。

 

手作業

 展示室に入ると、原稿用紙を模した作品が並んでいる。

 それは、いわゆる文豪といわれる夏目漱石や、太宰治の本があって、その下に原稿用紙の「立体」がある。

 それは、最初、CG的な映像を使っているのかと思ったら、文字を針金で再現し、それに、書く順番によって高さをかえている。だから、上から見えると、文字を書いて、そこを修正して、さらに赤字が入っているのだけど、少し斜めから見たら、その文字の高さが違っていて、赤字が最も高い位置にあるのがわかる。

 それも、文豪が残した原稿用紙の文字を再現するかのように作品が制作されていた。

 

 ここで、やっとこの展覧会の企画の意図のようなものに気がつく。

 私が最初に思ったように、残された原稿をテクノロジーによって再現することも可能だと思うのだけど、おそらくは、その再現を、最後は針金を使った手作業で表現している。

 荒井美波の作品。

 そのことを知ったとき、その作品から受ける印象は、単純な感心ではなく、もう少し複雑な感覚になった。

 

本展の試みを通して、これまで対立的に捉えられがちであった「創造と生成」「アナログとデジタル」のありようを見直し、それらを超えて両者のあいだに生まれるシナジー(相乗効果)を見つめ、私たちの知覚の拡がりを問いかける場が生まれれば幸いです。

                    (「MOTホームページ」より)

 

 この文章に書いてあることのように、整えられてはいないけれど、それに近い感じが、作品を見始めて、やっとわかった。

 

テクノロジー

 他にも個人的には印象的な作品はいくつもあった。

 暗い部屋で、入り口やその中にもスタッフの方々いて、光源を所持しながらガイドをしてくれている中で、次々と形を変える光の造形があった。

 それは、動きもあって、不思議にも思えたし、単純にきれいだった。でも、それも妻が近寄って、わかったのだけど、立体が実在した上に映されている映像だった。もちろんテクノロジーがなければ、これだけ次々と複雑に変化する表現はできないはずだけど、私は、全部が光だけで造形されていると思っていたので、それが、立体があるからできるのを知った時も、やはり微妙な感覚になった。

 後藤映則の作品。

 後藤の作品は、さらには展示室だけではなく、屋外にも立体物として展示されていて、それは回転を続けることによって、変化を生み出そうとしていた。光の作品が、とてももろそうに見えたけれど、この屋外の作品は、とてもしっかりしていて、それでいて異質感もあり、そばで見てもいいけれど、美術館の中からでもガラス窓の向こうに見えて、その姿も、魅力的に思えた。

 

持ち帰れるもの

 そして、展示室の中に入った途端に大きな音を立てる作品もあった。

 バイクが2台ワイヤーで吊り下げられ、組み上げられた三角錐の形の大きめの枠があって、その頂点に向けて、引っ張り上げられている。それから、またそのバイクは下ろされて、床について、一連の動作は終わったようだ。

 最初はなんだかわからない。

 それで、近くにいた美術館のスタッフの方に聞いてみる。

 すると、本当はその展示室にも説明があったけれど、美術館の外にさっきも見た太陽光発電のパネルがあり、そこで発電された電気が、この作品のモーターに送られ、そのことによって2台のバイクが持ち上げられる。そして、一番上までいったら、少し経ってから、そのバイクが下ろされる。その時に、また発電され、その電気は作品のそばにある機械によって、スマホなどの充電ができる、という作品だった。

 私と妻は携帯もスマホも持っていないので、ちょっとうろうろしていたら、その説明を一緒に耳にはさんだ人が、充電したいと言ってくれたので、その作品の前に行き、最初は、持ち上げるための電力がたまるのを待ち、それはランプで知らせてくれるので、ボタンを押す。

 その動きはさっきと変わらないのだけど、自分が関与していると、ちょっと気持ちが違う。大きい音でゆっくりと2台のバイクが持ち上がっていく。そして、頂点に達する。スマホを持っている女性がすでに接続してくれていたので、バイクが下がっていくと、そのときにまた電気ができて、バイクは床についた。

 思ったよりも充電できたことを、その女性は教えてくれて、持ち帰ることができる作品だと感じると、何かそこで相互交流ができて、自分が電気をもらったわけではないのに、ちょっとうれしい気持ちになった。

 

映像と行為

 それから、小学生の作品もあったり、箱が動いて枠を通り過ぎるような動きが制御されているだけなのにずっと見ていられたりする作品もあった。

 

 さらに、自分の行為を撮影し、それも含めて展示してある作家もいる。

 花形槙の『still human』。

 全身タイツのようなものを装着し、目の部分に映像が映し出されるゴーグルをする。そして、そのカメラをお腹だったり、足先だったり、お尻だったりと、別の部分に装着する。そのことによって、人間ではないもののようになれるのでは、というような狙いが、冷静に図も含めて説明がしてある。

 確かに視覚は、人間にとって情報を得るのに、重要だから、どこから見るかが変われば、感覚も変わるかもと思えた。

 そして、作家は、どうやら自身でそのタイツを着て、カメラを体のさまざまな部分に装着し、それでコンビニに行ったり、熊野古道を歩いたり、公園で子どもと遊んだりを撮影し、映像として流している。

 その姿は、その狙いのクールな印象とは違って、コントのような印象だったけれど、それも含めて、とても潔い作品だと思った。テクノロジーを導入し始める時の、ぎこちなさも見事に表現されているように感じたからだ。

 

 市原えつこの作品は、造形物と映像の組み合わせだった。

 どうやら食をテーマにした作品で、会場には、その食事を形にした立体が並んでいる。それと同時に、その内容と背景を伝える映像も流れている。コロナ期は、現在でもあるのだけど、その時の飛行機内で提供される食事のことを話をしていて、それも、エコノミークラスの機内食についての「あるある」のようなことを伝えてくれている。

 それは、やはり、ちょっと笑えるような内容でもある。

 さらに、食事が立体になっている作品はあと二つ。

 それは、比較的近い未来、さらには、もっと遠い未来。

 どちらもディストピアの気配が強く、食糧が不足しているので、昆虫を食べなくてはいけなくなったり、さらに未来はもっと困窮しているから宗教的な団体が力を持っているような設定で、それも、それぞれ作家自身が、映像の中でその時代の食事のことも、ちょっとホラー映画の登場人物のように話をしている。

 悲惨な状況というのは、自分とは関係のない場所から見ていると、実は笑い話のように思えることが少なくない。この展示物の、どこか不謹慎な雰囲気はそのことも表現しているように思えた。

 

 さらには、掃除ロボットが少し装飾されて並んでいて、それは、その掃除ロボットが戦隊ヒーローもののように活躍(?)するような、それも明らかにスマホで撮影されたと思われる縦長の画面で展開される作品もあった。それもバカバカしいと思いながらも、とても短いストーリーを10本以上続いているから、その前に小さいイスもあるので、そこに座って、つい見てしまう。

 そして、自分自身は所持したこともないのに、これだけある意味では「安っぽい」(失礼。それに、この完成度を上げないのは意図的だと思われるけれど)映像を通してでも、そこに登場する掃除ロボットを擬人化してみることができるのに気がつく。

 それは人間の感情の柔軟さのようなものだと思った。

 菅野創+加藤明洋+綿貫岳海。その3人のユニットによる作品。複数で展示物を制作する、というのも、これから増えていくスタイルのように感じた。

 

おしゃれ

 展示の最後の作品は、油彩だった。

 それもいわゆるホワイトキューブのような展示室にして、そこに何枚かの作品がゆったりと並んでいるから、それぞれの絵画をじっくりと見ることもできる。

 絵画、というとても古くから続く、そして、行き詰まったとか、終わったとか、言われながらも、ずっと制作され続けてきた表現だけど、ここにある作品は、新しい感じがする。

 スライム状の半液体のような物体が、人間の顔にからみつくようにあって、でもそのことを絵画の中の女性は不快に思っていないような、どちらも溶け込んでいるような気配。

 絵の完成度は高く、なんだかカッコよくオシャレに見えて、それで、作者は20代で、今年(2024年)に東京藝術大学の大学院を修了予定で、すでにこれだけの作品を制作し、この感じは、広く受け入れられそうで、見ていて気持ちよかったけれど、この作家のプロフィールのことを思うと、なんだかうらやましくて、ざわざわした。そういうことは意図されていないと思うのだけど、そういう自分の気持ちの揺れも、なんだか面白かった。

 友沢こたお。

 しかも、こうしたアーティストネームをつけるところに余裕も感じて、さらにじわじわした気持ちになったけれど、でも、その作品は確実に、少し未来に思えた。

 

 展示会場では、他にも、スマホなどを使って、仮想空間での展示などを試みている作品もあって、それについては、私も妻も持っていなくて十分に楽しめなかったと思うが、ただのテクノロジーの最先端を紹介する、というよりは、そういう生成AIなどが登場してしまった現代に、人間の作家がどうやって作品を制作していくか?という「人間のこころみ」を見せてもらったような気がした。

 それは直接比べるものではないとは思うが、写真機が本格的に実用化された後、絵画をどうするのか?ということを試行錯誤した「印象派」のあり方と、少なくとも相似形ではあると思った。

 

 

シナジー、創造と生成のあいだ』展覧会 図録

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 現代アートとは何か』  小崎哲哉

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書籍 『ヘンな日本美術史』 山口晃

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『ヘンな日本美術史』 山口晃

 

 この本は、カルチャースクールで話された内容をもとにしているというが、そこに出てくる作品や、作者たちが、それこそ「日本のふるい絵」であり、「昔の絵描き」であるにも関わらず、その距離感がとても近い。

 というよりも、作品としては現存している限りは、あくまでも「現役の絵」であり、まるで「現役のアーティスト」として、著者の山口は書いているように思えてくる。

 例えば、誰でも一度は教科書などで見たことがあるはずの「鳥獣戯画」について、著者は「上手さ」が目についてしまって好きではなかったという正直な感想から、実物を見て、その印象までが変わったという話から始まる。

鳥獣戯画」の一番の面白さというのがどこにあるのかと云えば、それは構成の妙でしょう。甲乙丙丁の四巻一揃いで見る事により、現実と空想が混じり合う、この独特の世界を堪能する事ができます。

 最近は否定されているが、日本のマンガの始まりなどと言われている「鳥獣戯画」が、そういう面白さを持っていることも知らなかったし、この作者として「鳥羽僧正」という名前もどこかで覚えていたのだけど、今はそれ自体が根拠が薄いものであり、それよりも、複数の人が、それも完全に同時期ではなく、最初の絵巻に、時間が経ってから、あとの作者が次の絵巻を描き足していく、というスタイルで描かれた作品ということも、初めて知った。

要するに、近代以降の絵画では前提とされている「作家性」が前に出た作品の在り方ではなく、そういうものは割とどうでもいいと考えられている訳です。これらを描いた人たちも、恐らくそんな事はどうでもよかったはずです。

 複数の人が参加していって、結果として一つの作品とされる。後から描いた人は、同じ「鳥獣戯画」と呼ばれて一括りにされるとは恐らく考えていなかったでしょう。

 こうしたことは「ふるい絵」に関してのことのはずだけれど新鮮だったし、それらを知った後では、おそらくは「鳥獣戯画」も違って見えてくるのは間違いないと思えた。

 

現代とのつながり

 著者の思考はかなり自由にあちこちとつながる、というよりは、著者本人が現役の画家であるため、その作品を通して、過去も現在も同じように考えられる、ということかもしれない、と読み進めると思えてくる。

 例えば、墨の線と塗りだけで描かれた上に、詞書、というその場面の説明として文字までもが画面の中に共存する「白描画」について、こうした論が展開されている。
 

 画面の中に空間を構成するために様々な技法を凝らすと云うよりは、意識が画面の外に出ていて、画面そのものを作り出す方に意識が行っている。言うなれば、一段上の視点から見ている訳です。

 絵を見る人の意識が画面の外とつながっていたとも言えるもので、そのように考えると(こういう言い方は嫌なのですが)、非常に現代的なものです。

 けれども、こうした方向が良い面ばかりと云うとそうでもなくて、現代は逆に外に出ようとしすぎて行き詰まっている感じもします。喩えるならば、みんながスタジアムの中で野球などのゲームをしていて、昔はそのゲームが作品として成立していました。しかしある時、誰かがスタジオから解説者がゲームを評している事をひっくるめて作品化しました。それが、サインをしただけの便器に「泉」というタイトルをつけて作品として発表したマルセル・デュシャン(一八八七〜一九六八)だったりする訳です。

 一度その方向が生まれ、皆に「やり方」が分かってしまうと、今度はその外側、さらにその外側……と、どんどん外へ外へと向かう。そうした側面が現代美術の不幸な所でもありまして、そのうちにこれ以上行く所がなくなり、みんな地球の裏側により集まらざるを得なくなって、そこで窒息死するのではないかと私などは踏んでいる訳です。

 その点、白描画絵巻と云うのは、一方で画面の外の視点を獲得しながらも、中側の視点でも新たな領域へ踏み込んでいる。それが詞書と云うものです。この詞書があることによって、全く違う次元の空間が立ち現れてくるのです。(中略)

 文字情報を入れたいだけだったら、文字の部分だけ隣にでも貼り付ければいい訳です。

 にもかかわらず、文字を絵に取り込み、さらに行くと文字で絵を描いてしまう。

 こうして著者の思考は、「白描画」を起点として、何百年もの時間を行ったり来たりしているが、様々な異論がすぐに出てくるのは予想がつくものの、この引用部分の中の「現代美術」の「外へ外へ」という指摘は、現代美術が好きで見ている人間にとっても、納得がいく指摘だった。

 

表現の本質

 さらには、さまざまな作品を語り、そこから少し逸れているようにも思えながらも、やはり、「表現の本質」に関するような言葉も、この書籍の中に、ごく自然にあちこちに散りばめられている。

 

 例えば肖像画について。

 手間を一〇掛けられるとして、それを満遍なくやろうとすると、その絵は全体の完成度が五くらいにしかならない。同じ一〇の手間のうち、顔に八を掛けてその他の部分は残り二でどうにかしたものの方が、完成度は七、八と上がってくるのです。

 極論してしまえば人物像は、顔、そして余力があれば手を描けば何とかなります。

 

 また、美術教育に関して。

普段絵をあまり描かれない方に接すると、「上手く描けないから」と自分の絵が下手である事を恥じている一方で、少し絵をかじっているくらいの人の「小上手い」絵を絶賛していらっしゃるのを見かけます。それを見るにつけ、私はこの国の美術教育は間違っているのではないかと心底思います。

 実はこうした中途半端な「上手さ」と云うのは、プロから見れば一番どうしようもないもので、それならば下手さを受け容れて好きに描いていた方が余程マシです(もちろん、技術的に途上であることがいけないと申しているのではありません)

 日本の美術教育はせいぜい中学までで、高校へ行くともう選択制で、大人で学ぶ人はほとんどいません。

 ですから、ある中途半端な部分だけを教え込まれる。もう少しトータルで、社会的な教養にしていかないと、絵と云うのは多くの人にトラウマとしてか残らない物になってしまって、こんなすごい宝があるのに気付かないことになってしまう訳です。それは非常に勿体ない事です。

 

 そして、「洛中洛外図」などの俯瞰図に関して、自らも画家であるからこその言葉をつづっている。

これはどこかから見たままを描いた絵ではあり得ません。様々な視点から見える風景を飲み込んだ上で、それらを合成して描いた「地図」なのです。地図と云うのは、見なければ作る事ができないものではありません。 

 絵描きは基本的に嘘つきです。ただ、その嘘は観た人の心の中にこそ、「本当」が焦点を結ぶように事実を調整した結果なのです。どれくらい上手に嘘をつくか、嘘をつく事で自分の描きたいものをどれだけ表現できるかと云う事を追求している。

 それを現実の風景だとして、どこから見たものなのかを追求することは、私には余り意味のあることだとは思えません。(中略)今でもたまにテレビ番組で、ヘリコプターまで出して「天橋立図」は」どこから見たものなのか?と云ったものをやりますが、あれも私に言わせればヘリコプターに乗りたいだけなのではないかと……まあ、この辺で止めておきましょう。 

 

 さらに「新しさ」について。

 全く新しいことをやろうとすると、むしろ古さの方に取り込まれてしまう事が多い。これまでと全く異なる事と云うのは、比較する対象がありませんから、それを見た人は、既存の古いものの類型として判断せざるを得ないからです。

 それが悪いとは申しませんが、見る側と云うのは、自分のそれまでの経験に当てはめてしまう事が多いですから、そうなると無理やり「これは、あれの二番煎じだね」と云うような解釈をされてしまいます。

 その一方で、新しさを装った古さというのもある。ハリウッド映画などがその典型です。彼らは目先の「新し薬」をちょっと付けて、本当に古くさい、百年も前から同じ事をやっている。でも、多くの人がそれに手もなく飛び付いてしまうのは、それが必要とされていると云う所もあるのでしょう。

 ですから、新しさと云うものを分かるのは非常に難しい。インターネットなんかも最初に出てきた頃は、多くの人はその新しさが分かりませんでした。

 

後の時代に名を残す人などが、若い頃には誰々の真似だと言われたり、できそこないなどと言われたりする事は結構あって、やはりそれらも新しさ故なのですが、その新しさが発見されるまでには時間が掛かる事が多いのです。

 

 そして、「画家の思い」について。

そもそも、美しい絵を描こうと意識した瞬間に、その絵の到達点はぐんと低くなってしまいます。基本的に描く人間は絵の向こう側を思いながら描かなければ、まともな絵は描けません。

 描く前には、物凄い到達点が見えていて、そこに行きたいと思って描くのですけれどもーーそして描いている時には、そこに到達できそうだと思っているのですけれどもーー自分の技量や画材の不足などの原因で大抵はその遥か手前で終わります。

 描き終わってみれば、もうこのマイナス部分しか見えなくて、俺はまだまだなどと思ったりするのです。北斎にして「天があと十年、いや五年、命を永らえさせてくれれば、本物の画工となれただろう」と言ったと云うのは別に謙遜ではなく、描いている人間なら誰しもこう思っているはずです。

 

 日本の美術史に残るさまざまな作品や作者についてだけでなく、こうした「表現の本質」に関わる思考まで書かれているので、決して「ヘン」ではなく、むしろ「もう一つの正統」といってもいいとは思うのだけど、実作者である著者は、そうした大げさな言い方を好まないだろうから、こうしたタイトルになったと思われる。

 

 日本の美術に興味がそれほどなくても、何かしら表現に関わっている人であれば、必読の本だと思います。そして読むことで、日本美術への見方も、おそらくは変わってくるのではないかとも思っています。