森美術館
『ワールド・クラスルーム』。森美術館。2023.4.19~9.24。 『ワールド・クラスルーム』サイト https://www.mori.art.museum/jp/exhibitions/classroom/index.html 1990年代以降、現代アートは欧米だけでなく世界の多様な歴史や文化的観点から考えられるよう…
六本木クロッシング2016 展「僕の身体、あなたの声」。2016.3.26~7.10。森美術館。 2016年7月4日。 このシリーズも何回目かになるけど、ここまでは、おそらく欠かさず見ているはずで、こういうチャレンジの要素が含まれたものは、やはり好きではあるけ…
「アンディ・ウォーホル展」。永遠の15分。2014.2.1~5.6。六本木・森美術館。 2014年4月24日。 デュシャン以来の、現代美術を語るには欠かせない存在の一人であり、見に行くと、それほどの味わいがあるわけではないし、本当にコンセプチャルな人だ…
www.mori.art.museum 2008年7月5日。 前から見たいと思ていたデミアン・ハースト。サメも見たいけど、ホルマリンシリーズが見たかった。たぶん、とてもミーハーな事なんだと思うけど、でも、見たかったので、ターナー賞展をやる、それもデミアン・ハー…
「宇宙と芸術展」。2016.7.30~2017.1.9。森美術館。 2016年10月15日。 半年くらい前に送ったフリーペーパーの懸賞があたった。喜んだら、来年1月までの展覧会だけど、その招待券が使えるのが10月の中旬くらいだったので、勝手だけど、ちょっとガ…
MOMA展。2004.4.28~8.1。森美術館。 2004年7月4日。 友人夫妻2組を誘う。 何とか日程を合わせてもらい、7月の4日の午前11時にヒルズのルイーズ・ブルジョワのクモの下で、集合と決まる。早いが、だけど、久々にみなさんに会える。 クモが近付…
ネイチャー・センス展。2010.7.24~11.7。森美術館。 2010年10月30日。 久しぶりの美術館で、さらにすごく久しぶりの友達にも会う。雨が降って、しかも台風が近づいているという日になってしまい、六本木のビルの前のクモの彫刻の下で待ち合わせ、と…
六本木クロッシング2013。[アウト・オブ・ダウト]展。日本現代アートのいまを問う。2013.9.21~2014.1.13。森美術館。 2013年12月23日 第4回目になるけど、これまで「こういう企画やるんだ」と期待が高まって、ただ実際に見た時の印象は、その期…
森美術館 開館記念展。「ハピネス」。2003.10.18~2004.1.18。森美術館。 2003年12月17日。 この時は、義母が入院していて、そして、手術後5日後くらいだった。この時は、義姉が病院に行ってくれるということで、だから、森美術館へ行けた。だけど、…
「六本木クロッシング2010展:芸術は可能か?―明日に挑む日本のアートー。2010.3.20~7.4。森美術館。 2010年6月17日。 少しタイトルが大げさというか、人を集める気でいったら、大丈夫だろうか?みたいな事も思うような文章だけど、その参加するアー…
「六本木クロッシング」2004.2.7~4.11。森美術館。 2004年4月1日。 数日前に森ビルの回転扉に男の子が挟まって亡くなる事件があった。もしかすると、いろいろと影響があるかとも考え、ハローダイアルに問い合わせたが、まったくそういう気配がなかった…
「小沢剛:同時に答えろYesとNo!」。2004.8.24~12.5。森美術館。 2004年12月4日。 六本木ヒルズの美術館で、小沢剛が展覧会をやるなんて意外だった。だけど、そういえば、日本っぽいかもしれないし、そのあたりの方が逆に分かりやすいのかもしれない…
「秘すれば花」東アジアの現代美術。 「秘すれば花」東アジアの現代美術。 奈良美智は、やっぱり面白いと思ったりもした。 山口晃の作品があって、その線について、いろいろな見方があるのも知った。 こんな風な作品が集まるような展覧会に、また行きたい、…
「アートは心のためにある:UBS アートコレクションより」。2008.2.2~4.6。森美術館。 2008年2月24日。 地下鉄から地下の歩道を歩いて、エスカレーターに乗るところのスターバックスは混んでいて、そばのサンドイッチも売っているところに行った。入…
「アフリカリミックス」。2006.5.27~8.31。森美術館。 2006年8月2日。 エレベーターに乗って、52階まで来て、さらにエスカレーターで上にあがる。何回か来ていると、こういう新しめの場所は基本的には縁がない方なのに、小沢剛もここで個展をやった…
「村上隆の五百羅漢図展」2015.1031-2016.3.6 2016年1月4日。 東日本大震災のあと、すぐに動きを始めたアーティストの一人に村上隆がいた。そして、その流れの中の一つとして、大量のスタッフを動員して作り上げた作品が「五百羅漢図」だった。それが…