アート観客   since 1996

1996年からアートを観客として見てきました。その記録を書いていきたいと思います。

千賀健史個展 「まず、自分でやってみる」。2024.3.6~4.14。BUG

 

2024年4月13日

 リクルートがギャラリーを運営していて、そこには何度も行ったことがある。そして、その2つのギャラリーが閉じ、次は東京駅のそばにギャラリーができた、と知ったのは、すでに開廊してから、何ヶ月も経ったときだった。

 それは、自分が情報に弱いだけだけど、八重洲のビルの1階と知って、そんなに便利な場所にあるのはありがたいとも思っていた。

 八重洲南口で降りる。そこは、高速バスを利用するときに利用することが多い改札で、そこを降りてから、そのことに気づき、その並んでいる停留所を見ながら歩くと、大きなビルの一階にギャラリーはあった。

 都心部でも、ひっそりと佇んでいることも少なくない画廊やギャラリーのことを思ったら、こんなに目立つ場所にギャラリーを設置すること自体が思い切ったことのようにも思えた。

 入り口を入ると、まずカフェがある。

 自分とは縁が遠そうなオシャレな空気と、そこにフィットしているお客さんで、満席のようだった。

 その奥にギャラリーがある。

 シンプルにひらけた直方体の天井が高い空間だった。

 

千賀健史個展「まず、自分でやってみる」

https://bug.art/exhibition/chiga-2023/

(「BUG」サイト)

 

 その空間は、何かわからないもので埋められていた。

 顔は並んでいるが、どれも誰か分からないようになっている。「特殊詐欺」に関わる犯罪の「道具」のようなものもある。机、メモ、筆記用具などしかない。あとは映像だけど、人に関することばかりだ。

 考えたら、「特殊詐欺」は、電話をし、話をし、被害者に信じ込ませ、お金を振り込ませる。そのお金を引き出して回収する。現代では、現金もしくはクレジットカードや銀行のキャッシュカードなどを盗んだりすることもあるようだ。

 とてもシンプルな道具や、さらには考え抜かれているとはいえ、人が話をする、という単純なことで、加害者が体を張ったりしなくても、犯罪が成立する。

 そして、被害者に振り込ませた銀行の口座からお金を下ろす、という日常的な行為を担当するのは「受け子」などと言われているようだけど、この犯罪が長く続いて、そうした犯罪用語まで一般的になってしまった。

 そんなことを考えていた。

 

 そして、「特殊詐欺」は、その犯罪に加担する人間がかなりの人数が必要になるはずなのに、そして、そこに関わった人たちはかなり日常的に聞くのに、その犯罪が今も行われているのは、そこに関わる人たちが、今も「闇バイト」などと言われてリスクがあるのはわかっているのに、絶えないことが、おそらくはこの犯罪がなくならない一つの理由なのだろう、といったことを思っていた。

 千賀健史が、作品制作のためにリサーチをはじめた2019年には、約16000件の「特殊詐欺」の被害があった。2003年には6000件を超えていた、と伝えられていたから、それから2倍以上の犯罪件数が増加している。

 普段は意識しないが、これは、かなり深刻なことではないだろうか。

 

本展では、2019年から約3年間にわたり千賀がリサーチしてきた特殊詐欺を取り巻く社会構造や個々人をテーマとし、写真、映像を含むインスタレーション作品を展示します。展覧会名と同名である「まず、自分でやってみる。」の作品シリーズは、千賀が詐欺犯や被害者などに扮して撮影したポートレートを水溶紙に印刷し、そこに水を吹きかけ、紙を溶かして作られています。この水溶紙は、実際に詐欺グループが証拠隠滅のためによく用いるもので、ほとんど原形を留めない紙からは顔貌が判別できず、そこに居た人/消えた人を想像することしかできないでしょう。特殊詐欺の被害額が最大となった2014年から、千賀が初めてこのテーマで作品を発表した2021年まで被害は減少傾向にありましたが、コロナ禍を経て2022年には8年ぶりに増加しました。本展では、被害が増加した背景にある社会や時代の変遷から影響を受けた個々の生活の変化に焦点を当てます。

                           (「BUG」サイトより)

 

 ギャラリーに入って、ふわっと全体を見ていたら、スタッフの人が、「ハンドアウトがあります」と渡してくれた。最近は、QRコードでの「ハンドアウト」が多く、スマホも携帯も持っていない人間にとっては、とてもありがたいことだった。

 そこには「アーティストステートメント」があり、それを読むことで、今回の展示のことが、より深く理解できるように思った。それは、そこまで説明してはいけないのではないか、といった意見も出てきそうなのだけど、ただ、鑑賞者としては、やはりありがたいことだった。アーティスト自身の親戚が、「特殊詐欺」に遭ったという経験も書かれていて、それもここにある作品を制作した動機の一つになるだろう。

 

2019年以降、個々の経済的困難が社会全体に広がった。「国は助けてくれないし、自分でなんとかするしかない」という絶望的な声が、社会の中でささやかれる。経済的困窮が続く中で、人々は限られた選択肢しか持たず、その結果、特殊詐欺が社会に蔓延する土壌が整っていった。私自身、また友人の中にも生活に苦しんでいた人は多く、中には最後の手段として闇バイトが頭をよぎったという話も聞いた。

 

実際、詐欺被害は2022年に8年ぶりに増加し、その後も増え続けている。そして、2023年までに約25万人の高齢者が被害に遭い、約2万5000人の若年層が犯罪者になった。

 

2020年9月、「まず、自分でやってみる」という言葉には国の顔がついていた。そしてそれは背景から切り離され、自己責任の記号として最も強く私たちに刻まれた。元保育士の人物は「1ヶ月以上仕事がなかったので、闇バイトを探した」と語った。画面のこちら側にいる私と向こう側にいる人物は一体何が違うのか、そこに引かれた境界線は明確なものではないかもしれない。

                       (ハンドアウトより)

 

 この展覧会のタイトルの「まず、自分でやってみる」という言葉が、最初はなんだか分からなかったのだけど、ハンドアウトを読んで、はっきりと思い出した。

 それは、2020年、コロナ禍で誰もが不安で、同時に経済的にも厳しい状態の人が少なくない中での、当時の首相の言葉だった。

 

私が目指す社会像は、「自助・共助・公助」そして「絆」です。自分でできることは、まず、自分でやってみる。そして、家族、地域で互いに助け合う。その上で、政府がセーフティネットでお守りする。

                      (『首相官邸』ホームページより)

 個人的に印象に強かったのは、「自助・共助・公助」だったけれど、そのあとに「まず、自分でやってみる」が続いていたのは忘れていたが、それが、今回の個展のタイトルになっていた。

 この言葉は、コロナ禍というほとんど「天災」のような過酷な状況の中にあって、「行きすぎた自己責任論」を象徴する言葉だと改めて思った。そして、今回のメインビジュアルにもなったコラージュされた顔には、もしかしたら当時の首相の顔も入っているのかもしれないと感じ、そうであったら、作品の強度も増すのではとも思った。

 

スゴロク

 私は携帯もスマホも持っていないので、きちんと参加できなかったが、床面を使った双六のような作品があって、それぞれのコマには、言葉があった。

 それをスマホを使って、サイコロのようにして、進んでいくというゲームのようだ。

 自分は経済的に豊かになって、間接的に関わっている人。実際に特殊詐欺の被害に遭った人。さらには、特殊詐欺の闇バイトに手を出しそうになっている人。といった立場の違う人それぞれのコースがあって、ところどころで接していた。

 そこに並んでいた言葉がリアルに感じ、個人的には今回の個展で、最も印象に残った。

 

利回りのいい投資先を紹介してもらう

1ヶ月で500万儲かる

投資先は特殊詐欺グループらしいが

自分は投資しているだけなので関係ない

 

 あの日、お金をとられた事を思い出すと

 亡くなったお父さんに申し訳なくて

 悲しいし、辛い

 私もボケちゃったのかしらね

 

 ステートメントの中に「特殊詐欺は社会を映し出す鏡」とあったが、本当にその通りだと思った。犯罪としての摘発は、もちろん必要だけど、「特殊詐欺」に手を貸す人間を減らすには、先進国の中では特殊に相対的貧困率が高いような状況が続く限りは難しいのだろう。