アート観客   since 1996

1996年からアートを観客として見てきました。その記録を書いていきたいと思います。

『溶けでる花と』伊藤雅恵 個展。2024.3.23~5.18。Kamakura Gallery(鎌倉画廊)。

 

2024年5月2日。

 電車に乗り、大船に着く。

 ここに来るまですでに小旅行な感じになっていて、そこから鎌倉画廊のサイトにあった通りにバス停を目指して歩く。途中で走ってくる外国人がいて、そういえばゴールデンウィークの合間だったのだから、鎌倉近辺はとても混むのではないかとも思ったけれど、その人たちが走っていく先はモノレールの駅だった。

 かなり明るい絵でラッピングされたモノレールはスタートして、乗りたかったとも思わせるけれど、モノレールの駅からは「急で狭くておすすめできません」という言葉を思い出し、バス停に再び向かうと、すでにバスが来ていてから乗り込む。

 しばらく経ってから、バスは出発し、初めて乗るルートはなんだか面白かった。だんだん坂を登って、目的地は鎌倉山なので、本当に山なんだと思うと、やっぱりさらに気持ちが盛り上がる。

 

 ただ、鎌倉画廊は行ったことがないので、バス停から迷いそうだと思うと不安で、だけど、もうすぐ鎌倉山のバス停だから、もしかしたら窓から見えるかもと緊張していたら、信号で止まったとき、左側に、目指す鎌倉画廊があった。びっくりするくらい道沿いだったけど、わかりやすくてありがたかった。

 

(「鎌倉画廊」サイト)

https://www.kamakura.gallery/current/

 

 12年ぶりに伊藤雅恵の作品を見る。

 ギャラリーの2階に作品が並んでいた。

 以前から花の絵を描いている人だった。

 

 ゆったりしたスペースに作品があって、そこは、花があって、かなり動きがあるように筆の線が走っていて、だけどそれは花を素材として抽象化して何かを狙っているというよりは、花も生きていて、それがきちんと描かれているように思えた。

 ブーゲンビリア

 コスモス。

 ミツマタ

 サザンカ

 シュウメイギク

 桜。

 梅。

 チューリップ。

 そうした身近な花が、自分に近い存在として描かれている。

 

 ギャラリーは3階まであって、妻と私以外にこの時間は鑑賞者がいなかったので、ゆっくりと見ることができた。

 そして、10年以上前に見た同じ作家の作品よりも、新しい感じがしたのは、そこにある花々の生命力が伝わってくるように思えたからだった。

 絵画というものは長い歴史がある。さらには花を描く絵も膨大な蓄積がある。

 それを美大卒であれば当然知っているはずなのに、そこにさらに新しいものとして、さらに花を描くことをしてきたのが、以前よりも自然になってきたように見えた。

 それはすごいことだと思う。

 描き続けてきた人にしかできないことかもしれない。

 見にきてよかった。

 この人は、まだ描き続けるのだろうと思った。

 

 

 

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