レストラン エル・ブジの話をある雑誌で読んだ時、衝撃だったのは、そのコンセプトだった。たとえば、泡を料理として出す。まるで科学実験のような、さらには本当にアートのようなメニューに感じた。
スペインの予約が取れない人気レストランに、自分では行けるわけもないのに、そして、写真を見ても、味も分かるわけもないのに、行きたいと思ったのは、圧倒的に伝わってくる「新しさ」があったからだった。
「レストランの新しいデザート」 柴田書店
図書館で何気なく借りた。
ページを開くと、気持ちが少し盛り上がった。
それは、写真がとてもきれいで、美味しそうで、新しく見えたからだった。
ソースを最後にかける無造作さも、少し前までは、「本場」でやっているから、といったなぞる気配があったように思っていたけれど、この本に出てくる料理は、すでにそれが自然になっているようにも感じた。そのソースをかけるときに、思いがあるとすれば「おいしくなってほしい」といった比較的素直な気持ちのように見えた。
それでいて、エッジの効いたオブジェのようにも見える一品もあるし、コンセプチャルアートの気配がある一皿まである。
それは、安直に世代で語ってはいけないのだけど、もしかしたら世代のことも関係あるのかもしれない。
5人の料理人が紹介されていて、ほぼ1980年代以降生まれの人たちだった。
どのレストランも、個人的には、行くのは(金銭的に)難しそうだったけれど、それでも食べたいと思わせるメニューばかりだった。
加藤順一
フランス料理修行で築いた堅固な土台に
ニュー・ノルディック・キュイジーヌの
自然観と科学的アプローチを重ねて、
まるで料理のようにデザートを仕立てる加藤順一氏。
アミューズからプティ・フールまで
コースの流れを自在にコントロールする手法は
「料理人がつくるデザート」は一つの理想形だ。
そして、紹介されていたメニューは、16品。
その中の一つだけ引用する。
写真では、大きな皿に白い雪が積もり、そこに枯れ枝が添えられているように見える。そのバランスはきれいだった。
ラムレーズン
雪に包まれた森の景色を皿の上に再現する、加藤氏のスペシャリテ。モノトーンの静謐なビジュアルに反し、味わいはホワイトチョコレートのムースを液体窒素で固めたスノーパウダー、ラムレーズンのアイス、バナナのピュレなど、彩り豊か。そのギャップが驚きを生む。セルフイユをモルトパウダーやダークカカオパウダーでコーティングした「カカオの枝」の苦みが引き締め役。
小林里佳子
「パリの日本人パティシエール」の
呼び声に集まる注目をよそに、
小林里佳子氏がつくるデザートは
気負いがなく、小粋で、臨機応変。
日々、厨房に届く食材を見て仕立てを決め、
リキュールやスパイスの個性を取り込んで、
少量でもはっきりと記憶に残る味わいを生み出す。
紹介されていたメニューは、10品。
その中の一品。大きい丸が一つ、小さい丸が三つ。たたずまいが美味しそうに見える。
黒糖のスフレ
焼きたて熱々のスフレはレストランならではのデザート。小林氏はここに黒糖の個性的な風味を取り入れ、スープ皿を効果的に用いた盛りつけで独創性を表現。器の角に念入りにバターをぬることが、スフレをきれいに立ち上がらせるポイントだ。器の縁にのせたのは、ラムでフランベした焼きバナナ。熱々のスフレとバナナを、別添えのひんやりした生クリームがひとつにまとめる。
加藤峰子
長いイタリア生活を経て帰国した、
加藤峰子氏の見た「日本」。
そこで発見した食材、自然、文化の
「すばらしさ」と「違和感」。
それらを色鮮やかに、香り豊かに、かつ
携わる人と環境にやさしく仕立て、
現代のガストロノミーのデザートとして表現する。
紹介されているのは、8品。
その中で、まるで盆栽のように見える一品がある。
木々の香りとピスタチオの森
森から届くさまざまな樹木の葉や樹皮を用いた、加藤氏曰く「少しチャレンジングな」デザート。アイスクリームのベースにヒノキの葉と実、カヤ、クロモジ、クスノキの葉を溶かし込み、森の香りがするアイスに。樹皮をかたどったチュイルや樹液のジュレを合わせ、山林が本来持つ多様な植生を表現した。ベルガモットオイルが香る、クロモジと馬告のヨーグルトソースを添えて。
浅井拓也
パティスリーの菓子とレストランのデザート、
それぞれの仕事を経験し、さらには
パリの名だたるレストランで研鑽を積んだ
浅井拓也氏が導き出した結論は、
「レストランのデザートは、究極のスイーツ」。
グランメゾンにふさわしい非日常を演出すべく、
お客が食べるその瞬間にむけて全エネルギーを注ぐ。
浅井氏は、全部で14メニュー。まるで皿に上にカカオの実が、そのまま載せられているように見える一品がある。
100%ショコラ
手製の型でつくったカカオポッド形の飴細工の中に、すべてがチョコレート風味のクリーム、ジュレ、シュトロイゼル、シャンティイ、キャラメル、アイスクリームを詰めた、まさに“100%ショコラ”のデザート。飴はごく薄く、スプーンで軽く叩けばパリパリっとはかなく崩れ割れるほどにする。その薄い飴のテクスチャーが、中の柔らかいパーツの数々と軽やかなコントラストを生む。
西尾萌美
沖縄に移り住んで、4年。
畑や工房に出かけ、時に仕事をてつだいながら
素材の気づかれざる魅力を引き出し、
食べる人の記憶に爪痕を残すデザートをつくる。
フリーランスの立場で活動しながら、
そうしたスタイルを確立しつつある西尾萌美氏。
西尾氏自身の案内でめぐる、
沖縄の自然と食材、そして人の記録。
西尾氏は、「実は沖縄に来て1年半後に不慮の事故に遭い、今は通院とリハビリ中心の生活を送」りつつ、料理に関わっている中で、紹介されているのは12品。そのうち、試行錯誤ののちの一品。
琉球和紅茶のリオテ
コースの後、口に残った油脂分をリセットする「紅茶がゆ」。修行先であるフランスの「リオレ」と、出身地奈良の「茶粥」から考案した一品だ。試作時にはアングレーズベースのヴァニラ・アイスクリームと合わせたりもしたが、和紅茶の繊細さが消えてしまい「安易だったと反省」(西尾氏)。べにふうきの香りをストレートに生かすことを考え、熱湯抽出の紅茶液でかゆを炊き、水出し紅茶で和える手法に行き着いた。
全60品の料理のメニューは、すべてレシピが紹介されている。