鎌倉へ行く。
横尾忠則。この人の作品には、妙な癖がある。新しい感じがしない。でも、どれを見てもヨコオタダノリだと思うのは、岡本太郎と似ている。
その経歴を見ると、画家宣言をしたのも46歳の時だし、どの絵が新しくて古いのかの分かりにくさといい、ホントにその時、その時で興味を持ったものに集中してきたんだな、と改めて思う。
グループ展などで、横尾の作品を見ると「あ、ヨコオタダノリだ」といつもバカみたいに思う。
自分、自分、自分の興味。そればかり言っているのに、不思議にエゴイズムの強さをあまり感じないのは、自分自身ではないからかもしれない。
すでに、そこにあるもの。なんだろうか。大竹伸朗みたいに。
後になって、2001年4月。「美と出会う」。横尾が出てきた時に、Y字路に興味を現在持っていて(それも夜)、写真に撮って、それを描いていた。
何かものすごく分った気が初めてした。ああいうY字路は地方に住んでいた時にあって、特に夜になると、どこへ通じるんだろうと、不思議な興味をそそられているのをクッキリと思い出したからだ。
つまり、ヨコオタダノリと近い世代の方が、横尾の作品がリアルに分かるはずなのに、見る人は、たぶんもっと若い世代⋯矛盾⋯というか、凄さかもしれない。
しかし、もし、自分達の世代にヨコオタダノリがいたら、支持するだろうか。もしかしたら、見たくないことが多いのかもしれない。よく出てくる三島由紀夫も、ピンとくる世代には、とてもピンとくるのかもしれない。
(1997年の時の記録に、2001年の記録を加えました)。