アート観客   since 1996

1996年からアートを観客として見てきました。その記録を書いていきたいと思います。

奈良美智がえらぶMOMATコレクション。2016.5.24~11.13。東京国立近代美術館。

奈良美智がえらぶMOMATコレクション。2016.5.24~11.13。
東京国立近代美術館

2016年10月27日。

 おそらく初めて企画展を見ないで、コレクションだけを見ようとして、入場料の窓口で料金を払ったら、400円台で、しかも日によっては、無料になったりするし、65歳以上も無料だったりすることを改めて知って、そういえば、いつもここの常設展は企画展のあとに、走るように見て、それも特定の人の作品だけを少し立ち止まる感じで、どちらかといえば、西洋の模倣の歴史にしか見えなくて、そのことが当然といえば当然かもしれないけれど、そこに対しての恥ずかしさみたいなものがないのが、何だか嫌だと思えて、通り過ぎていた。

 

今日はゆっくりと見ることが出来たが、最初に4階に行ったら、ハイライトという部屋があって、それは「有名な作品をサッと見たい」という要望に応えたらしく、なんだか微妙に嫌な思いにもなったが、そこの部屋に、今回の奈良の企画のために、古めの、だけど、久しぶりにこちらをじっと見る子どもに見える作品があって、しみじみといいと思って見た。

 

 4階から3階、そして2階に行き、いろいろな作品があったが、現代に近づくと、なんだかうれしくもなり、大竹伸朗の作品もあったし、写真の作品も思ったよりもよくて、充実しているなあ、と思ったが、最後に「奈良美智がえらぶMOMATコレクション」を見た。

 

 奈良美智が選んだという納得感がある作品が並んでいて、これは、デュシャンのことを遠くに思い出したりもするが、この人のこの作品を選ぶんだ、とか、こんな作品があったんだ、と思ったり、切実さとか、うそのなさ、というような共通項があるんだと思い、こうした選び方まで、それこそ奈良自身がウソがなくて、佐伯祐三も、これを選ぶんだ、という気持ちに素直になれた。選ぶ、ということが、それだけでメッセージを伝えているものでもあるのだが、どれも魅力的だった。その部屋に、ずっといたい、と妻は言った。

 

 他の誰かでも、同じ企画をしてほしい。

 会田誠とか、大竹伸朗とか、須田悦弘とか…見たい。

 考えたら、村上隆のコレクション展というのは、これと同じとは言わないけれど、ベースとしては同じことでもあって、そういえば、2001年に奈良が横浜で、村上が東京で個展をやった時期がほぼ同じになったものの、今回は、村上が横浜で、奈良が東京で、こうした企画をしていて、偶然かもしれないが、また同じ、ということに気づくと、それも含めてすごいと思ったが、こういう事ばかりを言うのは、その2人には返って失礼かもしれない、などとも思った。

 

 奈良美智が、学生時代に麻生三郎が先生でもあったことを初めて知ったが、直接会って、話をして、ということがどれだけ大切か、人にとってどれだけの影響があるか、といったことは最近、よく思うようになったので、そうしたことも含めて、何かが受け継がれているのだろうな、と思ったりもした。

 

 いい企画だった。

 トーマスルフの作品が、入り口とか出口から、ちらちらと見えた。思った通りの写真だったようにも思うが、美術館の芝生に、ルフの作品をレジャーシートにしたものがあって、そこにすわらせてもらった。天気もよくて、すわって低い位置になるだけで気分が違った。Tシャツも売っていて、かっこよかったが、展覧会を見ていないし、自分では着られる感じもしなかったのは、勝手に少し残念な気持ちになった。

 

 

(2016年の時の記録です。多少の加筆・修正をしています)。

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