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小説家のトークに来た。
2019年8月24日
初めて、保坂和志の肉声を聞いた。びっくりするほど、遠慮のない声。それは、無駄な謙遜とか、惑いとか、そういうものが削ぎ落とされているのかも、という印象と、おそらくは、小説家になる前から、ずっとこうで、昔は、本当に生意気だと思われていただろうな、と思って、それは、やっぱり確信を持って、だけど、先の見えない場所へ進んでいく、本人の小説みたいで、その一致な感じはした。
午後3時からなのだけど、20分前に着いたら、もう背もたれのある椅子はいっぱいで、それでも、すでに保坂の話は始まっていた。こんなにスタートが早いトークショーは、たぶん初めてで、ただ、まだ時間があると、退屈でしょ、ということで、本題ではないけれど、と言いながら、書くことに関して話を始める。永井荷風はうまい。それから、書き出しに困っているという質問があって、それは、いろいろな本の書き出しだけをたくさん読めばいいと思います。そんなことを言っていて、ただ百人以上がもういる。
次々と小説家の名前が出てくる。
ヨーゼフロート、そして、急にスタッフと話をして、レジュメ120枚で足りなくなるということを知る。樫村春香という名前。
今回のテーマ。「死について」。
保坂和志は話をはじめ、続ける。
その断片についてだけ、少し残せた。
「ぼくは死んで無になるのは、こわくない。
死の恐怖を感じたことはない。
生きているのは内からの視点。外から語れないのは、宇宙や人生や時間。
誠実な人は、内側の視点で、たぶん、人をびっくりさせたい人は、外からの視点でびっくりさせているのではないか。
外からの視点はフィクションでは、と思います。
だいたい、何十億年ということを言うけど、億というのは、日常的には出会わないくらい大きい数字ということを、忘れているのではないか。3年生きて、1億秒。億という膨大さを忘れているのが、苦しみの始まりではないか。
去年、手術をして、鼠径ヘルニア、脱腸なんですが、手術の時、麻酔で、完全に無だったと思う。ああいう風に、死が無であったら、こわくない。猫が死んだ時のほうが、親が亡くなった時より悲しい。悲しいのは、親しい友人、配偶者、そして、子どもでしょう」。
「中島義造のエッセイで、風景を見て、啓示をうける、ということが書いてある。
それは、風景が考えている、ということだと思う。
風景をずっと見ていると、考えてる。自分が考える必要がない。風景が考えてくれているから、いいのではないか、と思えてくる。風景が考えてくれているのだったら、死はそんなに大きくない。
立場によって、違うのは、人間が世界像を断言できてない。死が無である、というのは、一つの立場でしかない」。
なんの予備動作というか、気配がなく、急に室温のことを気遣う。
不思議なリズム。
「芸術は、自分の代で終わらせるわけではなく、絵を豊かにするため、みたいなことで、それは自分のためじゃない。
死の恐怖に関しては、毎日犬の散歩をしなくてはいけなくて、毎日、海を見ているせいもあるかもしれない。時々、自分は何度も死んで生きている感じがした。
今、父が死んで、母は生きている。母の、もう兄弟はみんな死んでる。あっちの方が楽しそうだと思わないのか、どうして死なないのか、という気持ちになったりもする」。
テーマは、書きあぐねている、にうつる。
「書き慣れると、書けることばかり書くようになる。書きにくいことを書くと、いびつになる。風景をスケッチする。写真からは書きやすい」。
「一度書いたものは、プリントアウトして、もう一度最初から書くこと。それは、同じ場面でいろいろいじっていても、視点が変わらないから」。
「ずっと書いていても、文章がうまくなるだけで、ずっとかわらない。小説も、哲学程度の思考のものにしたい」。
「書き写しはいいかもしれない。乗代祐介はそうしているらしい」。
「小説家になりたい、と言っているうちはなれないと思う」。
「若い人は独創的ではない。ものを知らないと、オリジナリティが出ない。ものを知って、初めて出てくる。
乗代は、人としておもしろいし、小説だけでなく、おもしろいものを読んでいる」。
「世界を把握している、という思いは間違っている」。
保坂がずっと話を続け、だけど、こうして部分しかわからなかった。だけど、日常的な思考からは離れられる豊かな時間だった。