アート観客   since 1996

1996年からアートを観客として見てきました。その記録を書いていきたいと思います。

『保坂和志 小説的思考塾Vol.5 』。2019.8.24。巣鴨 Ryozan Park

保坂和志 小説的思考塾Vol.5

http://hosakakazushi.com/?p=317

 小説家のトークに来た。

 

2019年8月24日

 初めて、保坂和志の肉声を聞いた。びっくりするほど、遠慮のない声。それは、無駄な謙遜とか、惑いとか、そういうものが削ぎ落とされているのかも、という印象と、おそらくは、小説家になる前から、ずっとこうで、昔は、本当に生意気だと思われていただろうな、と思って、それは、やっぱり確信を持って、だけど、先の見えない場所へ進んでいく、本人の小説みたいで、その一致な感じはした。

 

 午後3時からなのだけど、20分前に着いたら、もう背もたれのある椅子はいっぱいで、それでも、すでに保坂の話は始まっていた。こんなにスタートが早いトークショーは、たぶん初めてで、ただ、まだ時間があると、退屈でしょ、ということで、本題ではないけれど、と言いながら、書くことに関して話を始める。永井荷風はうまい。それから、書き出しに困っているという質問があって、それは、いろいろな本の書き出しだけをたくさん読めばいいと思います。そんなことを言っていて、ただ百人以上がもういる。

 

 次々と小説家の名前が出てくる。

 川端康成樋口一葉バルザック

 ヨーゼフロート、そして、急にスタッフと話をして、レジュメ120枚で足りなくなるということを知る。樫村春香という名前。

 

 今回のテーマ。「死について」。

 保坂和志は話をはじめ、続ける。

 その断片についてだけ、少し残せた。

 

「ぼくは死んで無になるのは、こわくない。

 死の恐怖を感じたことはない。

 生きているのは内からの視点。外から語れないのは、宇宙や人生や時間。

 誠実な人は、内側の視点で、たぶん、人をびっくりさせたい人は、外からの視点でびっくりさせているのではないか。

 外からの視点はフィクションでは、と思います。

 だいたい、何十億年ということを言うけど、億というのは、日常的には出会わないくらい大きい数字ということを、忘れているのではないか。3年生きて、1億秒。億という膨大さを忘れているのが、苦しみの始まりではないか。

 

 去年、手術をして、鼠径ヘルニア、脱腸なんですが、手術の時、麻酔で、完全に無だったと思う。ああいう風に、死が無であったら、こわくない。猫が死んだ時のほうが、親が亡くなった時より悲しい。悲しいのは、親しい友人、配偶者、そして、子どもでしょう」。

 

「中島義造のエッセイで、風景を見て、啓示をうける、ということが書いてある。

 

 それは、風景が考えている、ということだと思う。

 風景をずっと見ていると、考えてる。自分が考える必要がない。風景が考えてくれているから、いいのではないか、と思えてくる。風景が考えてくれているのだったら、死はそんなに大きくない。

 立場によって、違うのは、人間が世界像を断言できてない。死が無である、というのは、一つの立場でしかない」。

 

 なんの予備動作というか、気配がなく、急に室温のことを気遣う。

 不思議なリズム。

 

「芸術は、自分の代で終わらせるわけではなく、絵を豊かにするため、みたいなことで、それは自分のためじゃない。

 

 死の恐怖に関しては、毎日犬の散歩をしなくてはいけなくて、毎日、海を見ているせいもあるかもしれない。時々、自分は何度も死んで生きている感じがした。

 今、父が死んで、母は生きている。母の、もう兄弟はみんな死んでる。あっちの方が楽しそうだと思わないのか、どうして死なないのか、という気持ちになったりもする」。

 

 テーマは、書きあぐねている、にうつる。

 

「書き慣れると、書けることばかり書くようになる。書きにくいことを書くと、いびつになる。風景をスケッチする。写真からは書きやすい」。

 

「一度書いたものは、プリントアウトして、もう一度最初から書くこと。それは、同じ場面でいろいろいじっていても、視点が変わらないから」。

 

「ずっと書いていても、文章がうまくなるだけで、ずっとかわらない。小説も、哲学程度の思考のものにしたい」。

 

「書き写しはいいかもしれない。乗代祐介はそうしているらしい」。

 

「小説家になりたい、と言っているうちはなれないと思う」。

 

「若い人は独創的ではない。ものを知らないと、オリジナリティが出ない。ものを知って、初めて出てくる。

 乗代は、人としておもしろいし、小説だけでなく、おもしろいものを読んでいる」。

 

「世界を把握している、という思いは間違っている」。

 

 保坂がずっと話を続け、だけど、こうして部分しかわからなかった。だけど、日常的な思考からは離れられる豊かな時間だった。

 

 

 

 

amzn.to