1996年5月。
平塚美術館で「tokyo pop」を見て以来、急にアートというものに興味を持ち、それまで目に入らなかった駅のポスターまで気になるようになった。
写実的じゃないのに、妙に生々しくこっちを呼んでいるような目がある。エンツォ クッキ。もちろん初めて聞く名前だった。
その展覧会は、もうすぐ終わりだった。妻は忙しい。それまで一人で、アート関係のものを見に行ったこともなかった。情けないけど。でも、行きたい。池袋のセゾン美術館へ行った。
どこかなつかしいような、何か力のある絵だった。少し無気味な感じが心地いい。
見に来て良かった。普通より大きめのポストカードを何枚か買った。でも、誰に出したらいいか、ちょっと迷うものだった。
「クッキの作品には、目に見えぬ過去や未来に対する言い知れぬ不安やおそれが、つねに深く垂れ込めています。『絵を描くのは耐え難いくらいに辛いことだ。楽しいはずがない』と語る彼は、描くことの喜びを謳歌するというよりは、わたしたちに何がしかの警告を発するため、描くことを宿命づけられた画家のように思えます。」
そんなことがチラシに書いてあって、それは、ちょっと大袈裟かなとも思ったが、確かにそういいたくなるのは、分かるような絵だった。
後から知ったことだが、この画家は「80年代初頭より、世界中を席巻した新しい表現主義的な絵画の隆盛のなかで、大きな注目を集めることになった作家」(これもチラシだが)だそうだ。
それまで、アートの世界はクールな方向へ進みまくっていて、人の手仕事から遠ざかるばかりだったらしい。そういう流れの後に出てきた画家というが、もし時代が違っていたらどうだったのだろうか。そう考えると戦略なのか、幸運な人なのか分からなくなる。でも、もう50近くの人だから、ただ自分の描きたいように描いてきただけかもしれない。そう思わせる力は、その絵にあるように思えた。
それにしても、人は飽きっぽいというか、一つの方向に進み過ぎると、その逆にいくことを、ここでも少し確認したとも思えた。
(1996年の時の記録です。多少の加筆・修正をしています)。