ホンマタカシの写真は、約20年前から少しずつ見ている。
美術館で展示されていて、そのときは、郊外の子どもが無表情にこちらを見ている作品だった。
その時代のことを表しているようで、新鮮に思えた。
その後も、ただ目の前のものを撮る。でもなく、撮りたいものを撮影する。といった感覚的なものでもなく、写真とは何か。今の時代に写真は必要か。そういった知的な関心を優先させる、かなり批評的な視点の写真家だと思ってきた。
それがすべてではないだろうし、全部を理解しているとは思わないけれど、写真史というものを考えたときに、あと何十年か経ってから、より重要な写真家になるとは思っていた。
それでも、この人だけの展覧会を見るには、どうも、少しためらってしまうのだけど、ラジオを聴いていたら、ホンマタカシが出演していて、意外でもあったのだけど、今回の展覧会のことも告知していて、その行動によって、やっぱり見ようと思った。
『即興 ホンマタカシ』
https://topmuseum.jp/contents/exhibition/index-4540.html
2023年12月27日。
会場に入る。入り口が、通常の展覧会とは逆になっていて、そこに順路のように矢印があった。最初に会場に入ると、ぼんやりした映像が並んでいた。
数字も写っていたりする。
何を写しているか、わからない。
そのうちに、建築物や、都市を撮影しているのが分かったのだけど、どれもはっきりと写っていなくて、とても古い画像にも見えた。
暗い部屋があって、そこの窓をのぞくと「9」が見える。
展示室に大きく都市が撮影されていて、そこの部屋には鏡がいくつもぶら下がっている。
最後の展示室には、富士山の写真もある。
暗い部屋は、会場の真ん中にあるようで、どの小さな窓から見ても「9」のようだった。中には「Revolution」もあったかもしれない。
解説
たぶん、これは何かのこれまでにない試みなのだろうと思ったが、やっぱりなんだかわからなかった。
それで、チラシと一緒にもらった「東京都写真美術館ニュース 別冊ニャイズvol.00000155」を、展示室から出て、グレーのソファーに座って、読んだ、というよりも見た。
それはカレー沢薫のマンガだった。
(こうした作品を描いている作家さんです)。
この「別冊ニャイズ」によって、この「即興ホンマタカシ」展で、何をしているのかは、分かった。とてもありがたい解説だった。
この「ニャイズ」によると、建物の一室をピンホールカメラのようにすると、外の風景がさかさまの写真になる、ということらしい。だから、そういう逆立ちしたような建物の写真が多かったことと、部屋を、しかも最も古典的であろうピンホールカメラの原理で撮影するのだから、画素数といったものから考えたら、粗くなって当然だった。
このエピソードを、何年か前に、どこかで読んだか、聞いたことがあるかもしれない記憶がうっすらと蘇るが、その感覚まで、この作品の延長のようだった。
そして、そのホンマの試みは、今回も写真そのものを問うような作品であるのは、こうした解説を読んで、やっと少し分かった。
さらには、テーマが即興で、偶然性を生かして、ネガフィルムが空港のX線検査のために一部変色してしまったことなどもそのまま使用したり、会場は通常とは逆回りで、その矢印をフライヤーを作家本人が折って制作したということも、この「別冊ニャイズ」で知った。
そして、このやたらと現れる「9」も、ビートルズの「Revolution 9」へのオマージュだったり、会場の真ん中にある暗い部屋に楽器が見えたのだけど、そこにあるピアノを、ホンマタカシが訪れて演奏することもあると知った。
そうしたさまざまな情報や意味合いを知った上で、時間を置いて、もう一度回った。
部屋をカメラにした撮影したのか、と思うと、その写真の意味は違ってきたように頭では分かったけれど、それでも、写真から受ける感じは、それほど変わらなかった。
ただ、こうした情報を知らないままよりも、はるかに多くのことを考えられた。
やはり、知性に訴えかける写真家、ということなのだろうと、改めて思えた。
『ホンマタカシの換骨奪胎』