初めて行くギャラリーだったので、八丁堀駅で降りて、道順の書かれた紙と、道のそばにある地図と、真剣に見比べてやっと方向が分かって、歩いた向こうに看板が見えたら、ホッとした。
もう10年くらい前に、「低温火傷展」(2000年)を東京都現代美術館で見て、その時に、とてもばかばかしいけど、忘れていたような体の感覚を思い起こさせるようなパフォーマンス?悪ふざけ?とも思える変な行為をし続けている姿を映像で見てから、忘れそうだったり、分かりにくかったり、微妙な感覚を思い起こさせたり、想像させたりする作品を作るのは、ホントに、すごいと思い続けた。笑えるように作っているところも。
それから、横浜の港のそばのギャラリーでやった個展。グループ展に、いくつか行っていて、そのたびに、思いつかないような、微妙な感覚に届くような作品を作り続けていて、感心していた。
久しぶりの個展。もしかしたら、横浜(2005年)以来かもしれない。
階段を降りていたら、いろいろと難しそうな事を語っている声が聞こえてきたら、それは作者本人だった。記憶の中より、やっぱり歳をとっていた。プロフィールを見たら、40歳を越えていた。若く感じがよいギャラリーの関係者が、すごく丁寧に説明してくれた。紙に、お札をモデルに福沢諭吉を描く、という作品。でも、それは木村太陽が鉛筆を持って、動かないまま、紙を持っている人が動かして絵にしていくもの。最後に木村太陽、という名前を入れると終了になる。
アニメーション作品。赤ん坊から、老人になり、骨になるまでの絵が、いろいろな場所で、すごいスピードで変っていく。けっこう飽きずに見られる。
ベッドの周りに人がいて、それがある一点から見ると、ベッドに囲まれるように見える、という立体作品。ある場所に立つと、四方八方から人に見られているように思える作品。
キャットフードの缶でネコのような立体を作り、やぎの毛をつけている、賛否両論になりそうな作品。
カーテンの奥に、人形のように並んだ黒い小さい板と、その上にある数字を表示するもの。どうやら電卓をばらして、太陽電池と表示板をつなげているものらしい。
鏡に写して、見る作品。鏡文字になっていて、それは夢の内容。最後の芳名帳も、マグネットを使って、ちゃんと書けないペンを使っていて、微妙に力が抜ける感覚。
さらには、9月1日に行われた1時間半の対談を2分にした映像を見せてもらう。木村太陽と思っていた、全身黒い布でおおった人物が、最後に違う人だった、という話。でも、観客も、対談相手もまったく気がつかなかったということだった。声は、スピーカーで、違う部屋にいる本人が出していて、ペットボトルの水を飲む時も、それに合わせて、裏から音を出しているという話を聞いて、そういう細かい気づかいに感心もする。不思議な気持ちがした。
他に誰もいなかったので、作家本人と少しだけ話をした。10年くらい前から、見るたびに、すごいと思っていました。みたいな雑な感想を伝えてしまい、ずっと保っているのも、凄いのでは、というような、無神経なことも言ってしまい、申し訳なかったのだけど、木村太陽は、そういうわけでもなく、ホントに波があるんですよね。と少しだけつらそうな顔をした。でも、すぐに吹っ切れたように、でも波とか言っていても、とにかく作り続けないと、波も何もないので、というような言葉に、また見たいと思った。御礼を言って、帰って来た。
(2012年の時の記録です。多少の加筆・修正をしています)。