2020年11月25日。
本当にただの無知で恥ずかしいというか、失礼な話なのだけど、アーティスト康夏奈氏が、2020年の2月に亡くなっていたことを知る。まだコロナ禍が本格化する前で、何しろ、まだ若かったはずだったから、何度か作品を見に行って、トークショーを聞いて、その話の伝わりやすさに凄さを感じたりしていただけだけど、作品を、妻が好きだと言っていたので、その訃報を伝え、ショックを受けていたものの、鎌倉で個展も開かれていることも同時に話したら、行くことになった。
コロナ禍で、ほとんど出かけなくなったけれど、平日ならば、鎌倉という場所だから、「密」にはなりにくいのではないか、といったことばかりを考えていて、それは、自分自身でも、どうなのだろうと思ったりもして、午前中に出かける時は、雨の冬のような日だった。
電車を乗り継いで、子供の頃は日常的だった横須賀線に乗って、久しぶりに鎌倉駅に着いた。もちろん、そんなにぎっしりと人はいなかったけれど、平日の昼間なのに、それなりに人はいて、活気もあり、気がついたら、商店街にも行ったりしたので、「観光地の底力」みたいなものを感じながら、存在が非日常感がある江ノ電に乗り、鎌倉高校前、という駅もあって、それは詳細を知らないのだけど、海のそばの学校は、なんだかいつもちょっとうらやましい。
稲村ヶ崎の駅で降りる。少し歩くと急に海が見える。その海のそばに、初めて行くギャラリーがあった。その頃には、天気は回復しつつあった。本当に久しぶりに見る海は、どこまで続くか分からない、という気持ちに確かになる。
白い家。海のそばのギャラリー。
受付にいる女性から、どうやって知ったのですか?といったことを聞かれたのだけど、その女性が、作家のお母様だと知る。何度か個展に行ったこと。東京都現代美術館でのトークショーもとてもわかりやすくて、ありがたかったこと。情報としては貧弱だけど、それでも、伝えようとした。
作品が並んでいる。
この作家の書く自然は、いつもむき出しの気配に満ちている。
立体として表現したりしているものの、この人は、地球そのものを、描こうとしていたのではないか、と、やはり思えてくる。それも、科学的な視点ではなく(それも、もちろん含んでいるとは思うけれど)、動物として、もっと生々しく、陳腐な言い方になり、なんだか申し訳なくなるけれど、生き物としての地球全体をなんとかつかまえるように描こうとしているように、作品を見ると感じる。
「物質を超えたものが知りたい」
「目に見えない世界をもっと見たい」
おそらく作家が書いたか、語っていた言葉が、ギャラリーの壁にある。
地球だけではなく、宇宙や、それだけでなく、すべてを描こうとしていたもっと本当に大きい作家だったのかもしれない。
44歳で亡くなったのは、やはり若いと思うけれど、これだけ作品を制作したのだから、また別の場所でも見られるはずだった。
ギャラリーを出る頃は、太陽がさしていた。
(2020年の記録です)。
「生命の庭 ー8人の現代作家が見つけた小宇宙」