アート観客   since 1996

1996年からアートを観客として見てきました。その記録を書いていきたいと思います。

「横浜トリエンナーレ2005」。2005.9.28~12.18。横浜市山下ふ頭3号、4号上屋。

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「「横浜トリエンナーレ2005」。2005.9.28~12.18。

横浜市山下ふ頭3号、4号上屋。

 

2005年10月28日。(1回目の来場)。

 このところ、介護のことで、もめることが多くなった。

 負担は増えている。

 それでも、出かける。

 

 電車に乗る時に、一日フリーパスというのを初めて買う。

 みなとみらい線に、終点まで乗ったのは、初めてだった。降りたら、改札口を出る前に、青いとげとげのある小さい家みたいなプラスチック製の「トリエンナーレ」の券を売っている場所があり、妻が、そこを気にいって、そこで買うことにした。

 フリーパス2枚。7000円。

 スタッフに、「入場口で本人と分るものを出してください」と言われる。そこで、「電話で、問い合わせたら、大丈夫」と言われたんですけど、というと、「なんでも大丈夫です」と言っていたけど、でも何だか釈然とはしない。

 

 主会場に行く前に、中華街の中の公園での作品を見学する。「ホテル ヴィラ會芳亭」という名前がつけられている。公園の、東屋?⋯6角型の瓦の屋根、ちょっと強引な例えだけども、法隆寺の夢殿のようなもの。普段から、そこにある建築物。そこを、プレハブの建物の中へ取り込み、その東屋の屋根を、ベッドの豪華な天蓋にするという作品。西野達郎というアーティストで、どこかの国の教会の空へ向かってとがった屋根の上にやぐらを組み、そこに部屋を作り、屋根の上のとがった一番上の天使の像を、その部屋にさり気なく、組み込んだような作品があって、それはテレビか何かの映像で見ただけだけど、その瞬間に強烈な印象として残る、というよりは、その後になって、ああ、そういうのを見たいな、という気持ちになる。

 

 ホテルも、内部は思ったより、よかった。

 トイレは綺麗だし、シャワールームもあったし、机やソファーはコルビジェだし、なぜか、中で小学生が宿題か何かをやっていたけれど、でも、泊ってみたいとは思った。1泊1人。2000円。もう、最後まで予約でいっぱい、ということだった。

 

 そこから、トリエンナーレの主会場へ。

 山下公園にまず行く。

 入口がビニールか何かがかぶっている妙なゲートがあるなあ、と思っていたら、そこから急に女性スタッフが現われ、チケットの提示を求められ、フリーパスを見せたら、名前が確認できるものを、と言われて、私はクレジットカードを、妻は図書館のカードを見せた。

 そこに、全部が青いコンテナの場所。かっこいいな、と思っていたら、バスが出ます、と言われて、乗った。そうしたら、普段は行かないような港のすみっこのごちゃごちゃしたところを、刑事ドラマでは、人身売買が行われそうな、そんな場所を通って、会場に着いた。ホントに倉庫だ。

 

 鉄骨みたいなもので、足場を組んだ建物みたいな作品。ただの階段。それを登ったら、ほとんど天井まで届いた。

 

 人間の内臓をかたどったカフェが外にあり、そこからは、みなとみらいの景色が本当によく見える場所で、着いたのが、午後3時半くらいだったら、そうこうするうちに日が暮れそうなので、海に向かって椅子があって、そこに座って、一杯200円のコーヒーを飲んだ。短い時間なのに、風景のおかげか、すごくゆったりできた。

 

 後は、とびらを次々と開ける「ソイプロジェクト」などが、よかったが、何しろ、前半は「奈良美智+グラフ」の作品が、本当に秘密基地の要素が満載で、とてもよかった。ふとしたすきまをのぞくと、立体の犬の作品がいたりするのも、うれしかったし、部屋の感じもよかった。

 それから、中庭にある電話ボックスの作品《波止場の伝言》(岩井成昭)では、その受話器から、「母の声が聞こえてくる」のが、かなりリアルで、複数ある作品を一通り、全部、聞きたいようなものだった。

 

 後半は、でかいサッカーゲームをして、ゴールを決めて、やはり気持よかったりとかして、屋台でクリームシチューと、グリーンカレーと、ピザを食べて、思ったより、特にカレーがおいしかった。

 そうしたら、その後に、ギターをひいて、歌を歌う人がいて、妻と二人で聞いた。後ろは、みなとみらいの景色。夜の色。上を時々、ヘリコプターが飛ぶ。

 再び、コーヒーを飲んで、のんびりした。

 ホントに気持ちがいい。

 それから、売店でカタログやTシャツを妻と二人で買って、約9000円。だけど、もっとTシャツが欲しくなったりもした。特に「場にかかわる」という 今回、急きょ、総合ディレクターとなったはずの川俣正のTシャツは、買わなくては、みたいな気持ちにもなっていた。

 また行きたい。

 あと、2回は行きたい。

 入院中の母親の外泊もあるから、そんなに行くのは無理かもしれないけれど、行きたい。

そう思うほど、魅力的な空間だった。

 

 

(2005年の時の記録です。多少の加筆・修正をしています)。

 

 

 

横浜トリエンナーレ2005」

https://www.yokohamatriennale.jp/archive/2005/