1996年6月12日。
さすがに、ウォーホールという名前は知っていた。だけど、ウォーホルと表記することは知らなかった。
本当に、ただ名前を知ってるだけだった。
東京都現代美術館で、ウォーホールの回顧展をやると知ったが、あとで考えたら、どこで聞いたか覚えていない。急に『芸術新潮』を買うようになって、そこで知ったのかもしれない。そこで、いろいろと知識を初めて頭に入れて、pop artというのが、なんで偉かったのか(偉いというのも、おかしな言い方だけど)も少し分かった気になって、美術館へ向かった。
初めて行く東京都現代美術館は、立派な建物だった。広く、天井もはるかに高く、図書館もきれいで充実していて、カフェもそれほど値段も高すぎず持ち込みもOKで、一日いたいと思う気持ちのいい場所だった。
作品は、かなりたくさんあって、見ていて満足感があった。
少し不思議なことに、雑誌で見た時に感じたことと、それほど差がないように思った。
そして、こんな作家がすでに、30年以上前にいるなんてアートの世界も大変だと感じた。
今の日本でも、以前よりも聞かれなくなったとはいえ『個性』ということはとても大事にされている。たぶんアートの世界では、重要度が、想像以上にあるように思える。
そんな中で「個性って、そんなに大事?」と、気持ちよく突き付けて来る作品を、もし同じ時代で、同じアーチストをやっていて見たとしたら、その手があったかと、誰にも知られたくないけど、一瞬アーチストをやめたいと思ってしまうかもしれない。
でも、それから随分とたって、20世期の末になって、しかも、私のように、あまりにもアートに対して無知であっても、言葉になりきらない理屈を、感情こみで脳にストレートに届けてくれた感じがした。すごく知的なことをしているのに、色使いがきれいで、それは感情に届きやすく、広く伝えていくためのサービスにも思え、同時に快感を正確に知っている人なんだとも思った。
そこには、考え方が美しい形として、あった。だから、雑誌での印象とそんなに変わらなかったのかもしれない。
このクールさは、1960年代のアメリカで、すごくカッコよく見えたに違いない。そう思えるのは、今の日本が、バブル崩壊といわれても、1960年代のアメリカの感じがリアルに分かるくらい、豊かさを経験し、それが当たり前になったから、やっとウォーホルが、正確に理解できるようになったのではないか、と考えたからだった。
キャンベルスープ缶も、日本でいえば、カゴメの缶詰のようなもののはずだったのに、1960年代のアメリカのものは、あまりにも遠く、全部に価値があるように見えたと思うので、平凡な存在の象徴としての「キャンベルスープ缶」自体が、日本国内だと、それが特別でカッコよく見えてしまっていたように思った。そうなってしまえば、ウォーホルの作品の凄さは、伝わりにくいように思う。
会場には若い人たちの姿が目立った。いってみれば、1960年代のアメリカの若者と近く、自然に豊かさを知っているようになったように見える。だから、大勢きているように思う。昔は、もっとアメリカが日本にとって偉かった。だから、もしかしたら今の若者たちの方が、30年前の人達よりも、よりウォーホルを理解しているかもしれない。
その少し後、『キリンカップ』というサッカーの大会があった。国立競技場のスタンドの上の縁にぎっしりと同じキリンの旗が並んだ。ウォーホルを思い出した。
それから、美術館が税金のムダ遣いといわれるたびに、そうかもしれないけど、アートはそういう基準で判断しちゃいけないんじゃないか、と秘かに思うようになった。
(1996年の時の記録です。多少の加筆・修正をしています)。