2002年10月28日。
内藤礼。テレビで見た時に、やはりつかみどころがない気配はあったものの、様々な困難なことを実現してきたのだから、思った以上に強い人なんだろうな、と思い、それでも、その話を聞いていると、分ったような、分らないような気持ちになる。だけど、東京都現代美術館で作品を見て、そして、1回に1人しか入れない作品を海外でも作ったというのを聞き、そういうスタイルの作品を見たいと思っていた。
ギャラリーに電話で予約して、鑑賞時間を決めた。1人、10分。
もうすぐなくなる食糧ビル。ここで、村上隆の作品を見て、何かグッと来たのだった。いくつもギャラリーがあったのだけど、この展覧会で終りらしい。
妻と2人で行った。
広めのスペースの一番すみに、うすいカーテンで区切られたような一角がある。そこへ、1人1人向かっていく。それまでは、そこから、けっこう離れた場所で、その作品を外側から見ながら、待つしかない。
自分の番。近付き、そのカーテンみたいなものをかきわけ、いくつもかきわけ、すると、そこは、ただの空間。でも、ほんの少しの空気の動きで周りの布は揺れる。上を見ると、かすかに見えるもの。それは、ビーズと糸で作られたものすごく小さなオブジェ、天井からぶら下がっている。ぶら下がっている、という言い方も、この作品にふさわしいかどうか分からないけれど。
だけど、いろいろと考えつつも、理屈が頭をぐるぐる回りつつも、でも、何だかそこへずっと立っていると、その狭いスペースで、気持ちがいいような気までしてくる頃、やっぱり時間になっていた。作品の近くに、ギャラリーの人が来て、時間だと言われる。
この人の作品は、ささやかだったり、ひそやかだったり、いろんな言い方をされているのだろうが、でも、繊細という価値観を形にしていて、その方法は、大胆に思える。
これまでの作品は、全部、インスタレーションというジャンルのもので、1989年から2002年まで主に6つの作品を作ってきたらしい。この作ったというのも、という言い方も、違うのかもしれない、と思ったりする。
この展覧会のリーフレット、この作りもまったく無駄なことがなく、洗練されていて、作品とのイメージの一致度も高く、そこに凄みさえ感じた。
ゆったりとしてペースで作品を発表、という言い方ををされているが、その作品の名前が、すごく人をひきつけるのでは、という印象と、こうした名前にする覚悟みたいなものも、改めて感じた。
「遠さの下、光の根はたいら」
「地上にひとつの場所を」
「みごとに晴れて訪れるを待て」
「たくさんのものが呼びだされている」
「このことを」
おもしろかった。
感心もした。
すごいと思ったし、こういう時間は、他では確かに流れない、とも思った。
(2002年の時の記録です。多少の加筆・修正をしています)。