アート観客   since 1996

1996年からアートを観客として見てきました。その記録を書いていきたいと思います。

「奇跡の人」。松蔭浩之。2004.ミヅマアートギャラリー(中目黒)。

2004年1月31日。

 

 妻と2人で中目黒に行く。

 東横線に乗り換える時に、鉄道マニアが多数いる。昨日で、東横線桜木町駅がなくなり、明日からみなとみらい線に直通になる。だから、今日だけ東横線下りの表示が「横浜」行きになっていた。そこを写真に撮ろうということだろう。不思議な一日になっていた。

 

 そして、中目黒へ。少しだけ迷って、ミヅマアートギャラリーへ。

 松蔭浩之

 写真がほとんど。ずっと自分の写真ばっかり。

 30代になって、髪の毛が薄くなってきている。

 それでも、自分ばっかりの写真が並ぶ。

 

 森村泰昌を思い出すが、それよりも、もっとストレートな感じがする。やりたくて、やってる。高校時代から、自分の写真ばっかり撮っている感じがして、何だか感心する。そして、見ていても、こういう写真につきものの、ナルシシズムの妙な気持ち悪さが少ないのが、やはり作品なのだと思う。

 

 歌をうたう姿が、映し出されている。

 

 「昭和40年会」という同世代の美術家のグループがあって、会田誠小沢剛らが、ただの観客の浅い見方かもしれないが、今は「活躍」している感じになっているのに、松蔭は変わらない姿勢で、創作しているように見える。ただ、松蔭は、1990年にアートユニット「コンプレッソ・プラスティコ」で、世界最年少でベネチア・ビエンナーレに選出される、という輝かしいスタートを切っている。そこから、相変わらずというのも、何だか凄いように思った。ずっと同じことをやり続けているうちに時間はたっていくけど、自分の好きなことばっかりやっているから、別に後悔もないように見える。ロックの形として歌を歌っていたりもするけれど、でも、考えてみれば、ロックの人達って、その人生というか本人の姿や存在も大きいから、ロックスターとは、こういうことなのかも、と思ったりもする。

 

 あと20年たったら、理屈抜きにただ者じゃない感だけは、物凄く大きくなっているかもしれない。それは、決して生まれつきのスターに生まれついてないのに、スターになることを諦めないことで、本当にスターになる、という奇跡なのかもしれない。そのことは、松蔭本人は、たぶん自分でもとっくに分っていながら、それを知らないかのように、表現を続ける。でも、もしかしたら、本人はそんなことはまったく考えていないかもしれない。そうやって、簡単に結論を出させず、思考が回る所があるのが、やっぱりアートなんだろう。と思う。

見てよかった。

 

(2004年の時の記録です。多少の加筆・修正をしています)。

 

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