アート観客   since 1996

1996年からアートを観客として見てきました。その記録を書いていきたいと思います。

‘文化’資産としての〈炭鉱〉展。2009.11.4~12.27。目黒区美術館。

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‘文化’資産としての〈炭鉱〉展。2009.11.4~12.27。

目黒区美術館

2009年12月5日。

 

 炭鉱をテーマに、21世紀の今、展覧会をやること自体が、ある意味、無茶な感じがした。それを知って、川俣正トークショーへも行き、だけど、そこにはそういう無茶を通すような力みもなかった。展覧会は、川俣正が全面的に作品を展開するのかと思ったらそうではなく、ある雑誌の紹介には、今年いちばんのクレージーな企画ではないか?みたいな書き方をしているのも見た。一度は雨で行くのを延期して、今日も小雨が降っていたけれど、でも出かけることにした。

 目黒区美術館は久しぶりで、ホントにいつも人気(ひとけ)が極端に少ない気がするが、静かで見やすいとも言える。トークショーへ行ったので、後日、一枚招待券を送ってくれたので、妻と二人だけど、一人分で入った。

 

 最初の1階には、絵というか説明が並び続ける。ナニワ金融道。の漫画のようなタッチの絵で、だけど、リアルで、とても貴重なのは分かった。そこに添えられている文章も炭鉱のことを伝えてくれていた。炭坑では女性も働いていたり、その銭湯は普通に混浴だったり、というような絵もあった。最初は入れ墨が普通だったが、それは幅をきかすためで、だから無理にでも入れる人がいたけど、そのうちに減ってきた。それは、幅がきかなくなってきたからである、みたいな絵と文章は少し笑いがとれるくらいの内容だったが、ものすごく細かいところまで描いてあり、何しろすごいと思った。

 

 私は恥ずかしながら、炭鉱のことを、あまり知らないけれど、炭坑のイメージが、すでに変わりつつあった。すごいのだけど、フェアな印象な作品だった。それは、山本作兵衛という炭鉱で働いていた人が、かなりの年齢になってから記憶力を元に描いた絵だと知り、こういう人がいたんだ、すごいと思えた。

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 それに比べると、2階の作品としての炭坑や、労働運動としての炭鉱は、一般的なイメージだったりするのだろうし、情報としても必要だと思うのだけれど、少し遠いところからのものに思えてしまった。

 

 別館で川俣正の作品があった。

 そこは、段ボールと紙で作られた炭鉱の街が広がっていた。けっしてすごくきれいに作ったわけでもなく、ものすごく精密でもないのだろう。だけど、そこには「炭住」といわれる同じ大きさと形の住宅が並んでいる感じや、ぼた山といわれる盛り上がりや、ある一つの世界として完結している気配がすごく伝わるような気がした。それは、川俣正が、炭鉱の街で生まれた、ということとやっぱり関係があるのかもしれないが、そこには、内側の視線というか、山本作兵衛の作品とつながるものを見たような気もした。

 

 説明文の中に、炭鉱で働く人は、働くことが自分の明日を豊かにするし、社会のためでもある、という誇りをもっていた。だから、つらい労働もできたはず。でも、それは幻想だった。みたいな両面の書き方をしていて、なんだか感心した

 来てよかった。

 このカタログと、川俣正のカタログは予約注文した。そうしたら、ポストカード2枚と、川俣正のサイン入りの、さっきの「炭住」のひとつをもらった。限定50個なのに、もらったのは16だった。

 得した気持ちになった。

 その「炭住」の作りのある意味での粗さに、また感心した。

 

 

 

(2009年の時の記録です。多少の加筆・修正をしています)。

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