アート観客   since 1996

1996年からアートを観客として見てきました。その記録を書いていきたいと思います。

映画。「劇場版 神聖かまってちゃん ロックンロールは鳴り止まないっ」。下北沢トリウッド。

映画。「劇場版 神聖かまってちゃん ロックンロールは鳴り止まないっ」。
下北沢トリウッド。

 

2011年4月21日。

 

 去年の年末に初めて聞いたのに、今は1日も欠かさず聞くようになったから、あれだけ違和感のある名前だった「神聖かまってちゃん」というバンド名も、普通に「かまってちゃん」と呼んで、まるで、昔から知っているかのような、もしかしたら、どこか恥ずかしいような慣れ方をしているのかもしれないが、でも、かなりずっと聞いているので、すっかり気持ちの距離感が近くなっていて、だからライブも行こうと思って、両国国技館のチケットを買って、それが大震災の影響で中止になり、全国でのライブハウスでのフリーライブに切り替わり、それにも申し込んで、来月には川崎でのライブに行こうと思っているくらいで、そんなに入れこんでいるのか、と自分でもちょっとあきれるけど、それで、映画も、ドキュメンタリーかと思ったら、そうでないと知って、なんだか取材をしておいて、小説に仕上げる、みたいな手法に思えて、あれだけの素材だったら、そのまま伝えらればいいのに、という気持ちにもなったが、その後、予告編などを見ているうちに、見たくなり、それも全国ロードショーと言いながら、都内ではレイトショーを小さめの映画館で上映する、という規模だと知り、それも全国へ行くと言っても、そんな規模があちこちで開かれるというような事だとも知ったが、予告編の女子校生の役で、将棋の棋士でもある二階堂ふみ、という女優さんの表情を見て、見ようと思って、妻に言ったら、妻も乗り気になってくれたので、一緒に行くことにした。

 

 たぶん、大震災以来、二人でアート関連のものに出かけるのは初めてかもしれない。義母をデイサービスに行ってもらってから、家を出る。下北沢に行き、前回は「誰も死なない」を見た場所で、今回は12時15分くらいに着いたら、窓口に若い女性がいて、12時半から受付を開始します、今は余裕があります、という事を聞いたから、並んで、いっぱいになることも、これまではあった、という事だろうけど、この映画館は50席以下の教室みたいな場所で、でも、まだ時間があるから、その近くのおしゃれそうなカフェに行き、ややあせりながら食べてコーヒーもガっと飲んで、映画館に戻った。
 
 映画が始まるまで、場内には4人くらいの客。1人だけ、そこそこ年輩の人がいて、あとは若く、1人で来ている客ばかりで、中に思い詰めたような感じの女性が1人いた。映画が始まる前に、妻がトイレに行き、もしかしたら、その帰りを待っていてくれたのかもしれないが、始まる前に、窓口のお姉さんが、あいさつをして、すぐに本編が始まる。
 
 音楽が流れる、とその気持ちが高まり、登場人物が出るたびに、マンガみたいに周りが色どられて、文字が重なったり、みたいなやり方が、ちょっと引っかかったが、思った以上に、静かで、上品でリアルな空気が流れていて、久しぶりに映画を見ている感じが高まっていった。最初は、あれだけスクリーンが小さいことが気になったのに。

 

 プロの棋士を目指す女子高生の周り、彼氏とか、友達とかのあり方が、妙にいそうと思い、同時に、その女子高生が、すごく魅力的に思えた。シングルマザーでダンサーをしている女性がいたり、棋士を目指す女性の兄がひきこもりだったり、といろいろな出来事が今、起こりそうな気配が高まっていく。

 シングルマザーの子供が幼稚園で、「かまってちゃん」の曲をみんなで歌っただけで妙に問題になったり、いろいろなことがあって、そして、その棋士を目指す彼女の彼氏は、友達の女の子と「かまってちゃん」のライブにいって、そして、彼氏を失ったりもするけれど、シングルマザーの人は仕事のダンサーもその存在が年齢的に厳しくもなったりと、みんなが少しずつ追い込まれて行くような中で、その「神聖かまってちゃん」のライブとともに、その時間でみんなが底を抜けていき、棋士はアマチュアの決勝戦で苦しんだ後、勝ったり、と、幼稚園の息子がライブをインターネットで見ている時に、変に電波みたいなのが出たのが、いらない、と思った以外は、お兄さんも「かまってちゃん」の曲をきっかけに部屋を出て来たり、という最後に向けて、ライブ映像が重なり、「ロックンロールは鳴り止まないっ」が始まると、一気に盛上がって行った。

 

 その途中では、メジャーになるための会社の戦略と、バンドのことを考えて、板ばさみになっているマネージャーを、本人を演じたりしていたが、それも含めて、ちょっといい方向へいく、という最後だった。終わったら、妻は、すごく感動した、と言って、泣いていた後の、涙がまだメガネの中にあった。それをふいていたら、ずっとこぶしを握りしめたような格好で見ていた、と言った。私も、よかったので、Tシャツを買おうと、サイズで迷っていたら、妻もほしい、というので、白のSとMの両方を買った。妻は、見たのを忘れたくないから、と言っていた。

 

 

amzn.to