『6才のボクが、大人になるまで』
2015年5月27日。
12年間に渡って、同じ俳優が家族を演じて、それを映画にした、という話を聞いただけでも、可能なのだろうか、というような気持ちにもなって、どこかで見たいと思っていた。
3時間近いので、途中でトイレに行くことになるんだろうな、とも思ったが、ドキュメンタリーでないけど、だけど、ドキュメンタリーな要素が自然に入ってくるだろうし、と思っていて、そして、何も起こらない、というような形容詞もあったけれど、だけど、バスで大森駅に行き、初めての北口という場所を通って、途中で金券ショップでテレホンカードを700円で買って、今は誰も欲しがらないので、安いんだとちょっと驚いたりもして、そこからキネカ大森に行ったら、今日はサービスデーで1100円です、と言われて、とてもありがたい気持ちになった。
映画は、ゆったりと始まった。最初から、チラシにある男の子が同じポーズで空を見ていた。ちょっと内省的な感じ。シングルマザーで1人姉がいる設定。そこへ、離婚してしまった父親が来て、それは音楽の道に進もうというような夢がまだあきらめられないけど、子どもにとっては愉快でもある存在で、そこから、12年がたっていく感じが、その時点ではまったくしない。
ただ、次に画面がふっと何の継ぎ目もあまりなく変わっていくので、ここで変わる、というような気持ちの準備もできないが、ただ、その場面場面でも、母親が再婚して、その父親がアルコール依存のDVだったり、というようなひどい緊張感のある場面があったり、彼女と旅行をして、たわいもない話なのに、幸せそうだったり、あっさりとわかれたり、そして、時間がたつごとに姉と共に、わ、と思うほど成長しているのに、父と母の俳優の変化は、あたりまえだけど、小さい。
そんな何ていうことのない場面が連続していく中で、主人公の少年は、内省的で繊細な感じを失わないまま大学生になっていって、なんだかホッとするというか、それは中学生くらいの時は、アメリカンフットボールに興味が持てないという、おそらくアメリカの男の子では考えられないくらいの少数派で、考えたら、母親が2回離婚していくような中で、そのまま育っていく感じとか、そして、高校を卒業するパーティーに来ると、こちらまで、おめでとう、というような気持ちにもなる。
大学へ行くために、家を出て行く時に、母親が、これから何があるの?あとは自分の葬式だけ。もっと長いと思っていた、というのは、子ども時代だけでなく、自分の人生というような意味もあるだろうし、こういうところもぐっときたし、配管工事の若い男性に、賢いから勉強すれば、公立大学だったら安いし、と大学から修士までとった母親が、おそらくは軽い気持ちで声をかけた男性が本当にそれを実行して、再会して、すごく感謝されたり、実の父親が、すごく保守的な家に育った女性と結婚したり、そして、音楽仲間だった男性はどうやら音楽を仕事にできたり、時間の経過みたいなものが、すごくリアルに感じられた。
なんだか生きていることの肯定、みたいな気持ちにもなれて、よかった、というような豊かな気持ちにもなれた。前に座った香水の香りがする若い女性二人は、眠そうだったようだけど、私も一度、トイレに行って大事なところを見逃しているから、何ともいえない。
見てよかった。
すごい試みだった。
「21世紀の資本」(ピケティ)と同じような印象だった。
うまくいくかどうかの目算はたたなくても、それを実行した、というような事での共通点があるような気がした。
『6才のボクが、大人になるまで』(Blu-ray)