
2025年3月20日。
1階では、「竹林之七妍」と題し、新収蔵作品を中心に7人の女性作家に焦点を当てます。「竹林之七妍」とは、当館所蔵の河野通勢の作品名に由来します。そこでは俗世を離れて竹林に集い清談を交わす古代中国の7人の賢者が7人の女性に変えて描かれています。時代や文化といった背景の異なる女性たちが花や鳥に囲まれた明るい光のなかで和やかに集うさまにならい、本展示では、これまで当館で紹介する機会の少なかった女性作家に光を当てることにしました。生誕100年を迎えた間所(芥川)紗織と高木敏子に加え、漆原英子と小林ドンゲ、前本彰子は新収蔵作品を交えて展示します。朝倉摂と福島秀子は既収蔵作品をまとまったかたちでご覧いただきます。
(『東京都現代美術館』より)
紹介する機会が少なかったせいもあって、これまで名前も作品も知らない作家が多かった。ただ、当然だけど、その時代で作品を制作し、その時の切実さでアーティストになっているわけだから、それぞれに蓄積もあるだろうし、自分の無知はあるとしても、こうして見る機会の少ない作家の作品に接することができるのは、貴重でもあった。
本当に知らないことが多いし、だけど、こうして過去の作家の存在を知ることで、やっぱり新鮮さはあるし、それまで見えなかった歴史の流れの一つを、大げさにいえば、見つけていくようなことでもあるだろうから、意味は大きいのかもしれない。
さらには、オラファー・エリアソンの2019年の光学機械のような作品や、前本彰子のドレスを立体化したような作品など、自分にとって見たことがない作品が、次の展示室で、急に現れたりする体験も、収蔵作品を見せていく、というバリエーションがあってこそ、より気持ちの刺激になると思う。
改めて自分にとっては知らない作家がとても多いし、接したことすらない作品も数限りなくあるし、これからも、これまで制作されてきた作品のごく一部しか鑑賞することができないのだと思うと、無力感だけではなく、驚くほどたくさんの制作物が広がる世界があるような、妙な怖さまで少し感じる。
イケムラレイコと、マーク・マンダース
今回、どうしても見たいと思っていたのが、イケムラレイコの近作と、マーク・マンダースの作品だった。
わき立つ色彩とイメージによって、この世に存在するものの生成と変化の諸相をあらわすイケムラの作品群、そして、静止した瞬間を捉えるマーク・マンダースの張り詰めた空間、それぞれをコレクション以外の作品も交え、特別に構成します。駒井哲郎らの版画作品、ロバート・ライマンやアグネス・マーティンなどの絵画作品とあわせて、ぜひご堪能ください。
(『東京都現代美術館』より)
イケムラレイコは、20年以上、すごいと思えてきた。
抽象的で、具象的でもある絵画は、その表現で、その描かれているものだけではなく、別の場所への想像をさせてくれるようで、しかも、いつも緊張感があって、少し背筋が伸びるような気持ちまでする。
そのイケムラレイコの2020年以降の作品が見られるから、と思って、妻はイケムラレイコの作品も好きだし、と思って、常設展を一緒に見にきていたところがある。
その絵画は、これまでよりも、より黒が濃くなっていて、深みというよりは、別の世界のような広がりもあるし、やはり意志の強さのようなものが伝わってくるような鮮やかさのようなものまであった。
見たことがあるようで、見たことがない。
そして、ガラスの立体は、きれいで、だけど、不思議だった。かたちがあるけれど、そのかたちは全部を表さないことによって、そこにもっと何かがあるように見えてしまうし、何よりその控えめな輝きがあるようなブルーは、シンプルに美しかった。
妻は、今回見た中で、このガラスの立体「Ohne Gesicht」がすごく良かった、と言っていた。
それだけ印象が強く、特別な気配がしていた、ということなのだろう。
完成しすぎないことで、こうした存在の強さを生み出せるのか、などと思うと、改めてその凄さが分かるような気がする。
そして、壁の上下に届くような細長いが大きな映像が映し出されて、それが上へ、上へと、移動していくように思える作品がある。
そこにはイケムラが描いた抽象的なイメージがあるのだけど、穏やかで静かとは言い切れない、動きを感じさせる変化が続いていた。
未完成で、壊れつつあるもの
そして、もう一人の「特別展示」というタイトルがついていた、マーク・マンダースの作品は、初めて見たと思う。
個展は、この現代美術館で開催されたはずだった。
https://www.mot-art-museum.jp/exhibitions/mark-manders/
(『マーク・マンダースの不在』)
ただ、その頃はコロナ禍が今よりも厳しい状況で、美術館自体には、「密」ができにくいと思っていたが、美術館に行くこと自体、途中の交通機関の移動中に感染してもおかしくなかったので、出かけたいけれど無理だと判断した。
その後、あちこちのギャラリーなどで、その個展が開催されたり、作品が展示されたり、といったことも知るようになって、恥ずかしながら、それまで全く知らないアーティストだったのだけど、たとえばサイトで紹介されている小さい写真で見ただけでも、本当に独特の気配がした。
とても昔に制作された作品が、最近になって発掘され、発見され、保管されている。
そんな印象を伝えてくれていたからだ。
イケムラレイコの展示室を見たあと、その次の部屋は、日本の戦後版画の作品が並ぶ小さめの部屋があり、そこを抜けると、急に空間が開けるような感じがして、マーク・マンダースの作品が設置されている。
古いイスに、座らされている、というよりは、やっと立てかけられている人物の像がある。
それは、上半身、それも腕がない、若い女性だと思う。
そのイスに立てかけられたような像は2体あって、とても届かない数メートルの距離を保って、向き合っている。そして、その人物像は、まるで未完成のように、もしくは、一度、完成したものが壊れかかっているようにも見える。粘土か土のような質感に見えて、それがまだ固まっていないか、もしくは、崩れつつあるような。
像は、建築の柱に使うような木材の上部に鉛筆のキャップのように設置されているし、イスも新しいものでもない。
いつの時代に制作されたのかが分かりにくく、完成されているのかも微妙に感じにくく、この状態で保存するのも難しいのでは、と思うけれど、このある意味では中途半端な状態にあることで、見ている側にも、時間感覚も含めて、不安定さを感じさせる。
とても静かな印象もあるが、独特の緊張感もずっとある。
このマーク・マンダースの作品が一つだけあって、他には何もない空間。だけど、それで、この展示室の隅々まで、この作品のために満たされているように感じた。
見てよかった。他の作品も、さらには個展を見たいとも改めて思った。
ミニマリズムの見え方の変化
その次の展示室は「グリッドをめぐって」というテーマで、ミニマリズムと言われるようになった作品群が並んでいる。
絵画は、真っ白だったり、一色だったりする作品。
金属の箱が、壁に10個もくっつけられている立体。
こうした作品は、昔は、ただ一色に塗っただけ、箱が作品なんて、と思っていたのだけど、美術作品の歴史のようなものを少しでも知ると、さまざまな表現が登場し、具象的な表現から抽象表現主義が盛んになった後、さらに、要素を削って、本当に最低限の禁欲的なものとして、登場したのを知った。
だから、作品自体は変わらなくても、見る側の意識が変わっているし、さらには、ついさっきまでマーク・マンダースの作品を見ていた緊張が残っていたせいか、このミニマリズムの作品が展示されているこの部屋の空気も緊迫感があった。
作品の展示の順番で、その作品の見え方が違ってくると、改めて気がつかされた。
常設作品
この美術館の常設展(MOTコレクション)は、1階から展示が始まり、3階で展示が終わる。
他の企画展の入場券を購入すれば、この常設展も鑑賞できるし、個人的には、時間がなければ、イケムラレイコ、マーク・マンダースの作品が展示されている3階だけでも見る価値があると思ってしまうが、この常設展の最後は、いつも同じ作品がある。
宮島達男の大量の数字が、LEDの光で、カウントされるように表示され続けている。
赤い数字が、9から1まで点滅し、そして、0のときは、ただ暗くなる。
そのLEDは、おそらくは何百個も四角いスペースにきれいに並べられていて、そのカウントの点滅の速度は、速かったり、遅かったりと、それぞれが違っている。少し暗くなっている部屋の中にはイスもあって、いろいろな作品を鑑賞した後に、そこに座って、宮島達男の数字の点滅を見ていると、少しぼんやりとしてきて、なんとなく気持ちよくなったりもする。
だから、そこに無数の時間や、無数の命の表現でもあるような数字の点滅を見ながらも、なんとなくクールダウンするような思いにさえなるのは、この常設展の最後には、この作品がいつもある、という安心感もあるせいだろう。
おそらく開館当時からそこにあるだろうし、ずっと数字をカウントし続けているかと思うと、不思議な気持ちもするが、この作品の作者の宮島達男が、その後も、作品制作で、ずっと数字を扱い続けながら、現代美術の世界の第一線に居続けることも、この作品の意味を高めているようにも思う。
それでも、いつも思うのは、この作品は、閉館時には、電源を切って、真っ暗になっているのだろうか。一度は見たい気がする。
今回も、常設展でありながら、とても充実していたし、40ページにも及ぶ充実したパンフレットも配布されていた。それは、現代美術の普及という目的のためなのだろうけれど、すごい努力だと思う。
(『どこにも属さないわたし』 イケムラレイコ)
(『マーク・マンダースの不在』 マーク・マンダース)
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