アート観客   since 1996

1996年からアートを観客として見てきました。その記録を書いていきたいと思います。

華氏451度の芸術:世界の中心には忘却の海がある。2014.8.1~11.3。横浜美術館・新港ピア。ヨコハマトリエンナーレ2014③。

華氏451度の芸術:世界の中心には忘却の海がある。2014.8.1~11.3。
横浜美術館・新港ピア。ヨコハマトリエンナーレ2014③。

2014年10月27日。

 やっと行けた。

 ヨコハマトリエンナーレ

 

 おそらく、生きて来て、とても辛く、死にたいな、と静かに思った事が多かった1年間があって、その時に、この第1回の横浜トリエンナーレが行なわれると聞いて、とてもうれしかった。病院への電車の行き帰りで、窓からホテルの壁に大きいバッタがくっついているのが見えたり、見えなかったりして、それは風が強い時にひっこんでいたから会期中には思ったよりも見られなかったけど、その会場はパシフィコ横浜で広い会場のすみに、すごく大きいドレスが天井からかかっていて泥が流れていて、という作品で塩田千春を知ったし、ゴンザレストレスの銀のキャンディーの作品を再び見て、素直にキレだと思えたし、会田誠が出ていて、日本代表みたいに扱われていてうれしかったが、そのジューサーの作品は、個人的には好きだけど、人に言うと顔をしかめられることがその後も多かったという意味で印象には残っているが、それから5回目になる。

 こういう国際的な(という名前だけでも)美術展は、おそらくなじみがなくて、それが国内で見られるのはうれしかった。カテランの小さいエレベーターもあった…。それから、5回目になる。2回目の川俣正の時も、3年に1回ではなくなったけど、毎日パフォーマンスがあって、その最後に「ありがとう」という言葉を水で書いて、それをみんなでなぞる、というのに参加して、すごく晴れやかな気持ちになれたのを憶えている。介護の真っ最中で、あれだけ気持ちが軽くなったことに感謝の気持ちさえあった。第3回が、あまり記憶になく、4回目は、学生だったから学生割引で見られた。それから3年。また自分の状況が変わった。2回目と3回目の間に母を亡くし、4回目には学生だったが、5回目の今回は資格をとった。考えたら、このトリエンナーレは変化の時に勝手ながら行なわれているとも感じた。

 

 今回は、森村泰昌がキュレーターで、そして、テレビなどで見た印象だと、その個人的な好みをかなり前面に出したトリエンナーレになっているようにも思えた。

 横浜美術館。入り口のところに「アートビン」。捨てる場所だという。捨てている人も実際に見たが、捨てるのに、まだ見てもらいたいという気持ちがありありだったが、笑えなかった。

 静かな作品が最初の頃には並ぶ。もっと人が少ないと思ったら、わりと人が多くて、カップルが目立ち、もっと少ない中で見たら、もっと違う印象かも、と思った。

 青い風船が8つ縦に並んだ作品。ギムホンソック。会場内には3カ所にあった。美術館の前と、新港ピアの海のそばにも。午後2時からの解説のパフォーマンス、(といってもボランティアのおばさまが原稿を読み上げるだけだったが)を聞いて、その言われ、家族が一つずつ願いをこめながらふくらませた風船がベースになったブロンズの彫刻だったり、と一つ一つにストーリーがある、聞くと、見え方が変わって来た。

 寄付箱。キリスト教のさいせん箱(言い方は違うけど)。世界のいろいろな国のその箱の写真が並び、そして、その中でいくつかの皿とか箱とか、そういうタイプを形だけを作った抽象的ともいえるさいせん箱を作った笠原恵実子。印象がとても広く残った。

 松井智恵は、1日に1枚絵を描くという作家。色があれこれとあって、そして、それはきれいだけど、微妙に恐かった。

 松澤宥。ホントにおかしくなっているのでは、と思わせる作品。まとまっているのを初めてみた。大竹伸郎の作品は、大きいけど、意外と印象が薄い気がした。

 他にも戦争中の作家達の文章。戦争賛美、といわれるだろうけど、売れたい、とか、注目されたい、で書いてしまったんだろうな、と今の時代と完全にシンクロして、ちょっと恐い。広島のことで写真を撮っている土田ヒロミ。何十年たっても、話すのを拒否する人がいて、それは当然だろうな、と思う気持ちと、驚く気持ちとがあって、ものすごく体験は忘れる事さえ出来ないのかもなどと思ったりもする。

 恐るべき子ども達の独り芝居。と名づけられた展示室には、ジョセフコーネルの作品も並び、他にも変態のにおいがするアーティストの作品が並び、本当に個人的な感じになっているのだ、と思って、その思い切りにも感心もした。

 

 

 新港ピアにバスで行き、カフェでお茶をして、海を見た。

 楽しい時間だった。その時に、大きい飛行機か何かの切断立体と思っていたものが、自由の女神の型だったとカタログを見て、初めて知った。

 釜ヶ崎芸術大学には、こういう作品は批判が出来ない空気があるのは、福祉的なにおいもあるせいかも、と思ったが、芸術といわなくても、やることがあって、それが人に伝わるのは、やっぱりいいのかもしれない、などと思い、地下駐車場を使ったグレゴール・シュナイダーの作品も、よかった、とあとになて思う。 

 妻は2日後になって、フェリックス・ゴンザレス=トレスの作品が、降りて来て、亡くなったあとも、こうやって作品が作られて行く、というか、人の手を借りて存在していくことに、ぐっと来たらしい。それも、今回の作品が、他の場所で行なわれた時に、紙が邪魔で捨てられていて、その話題になった時に、本人は悲しんだり、怒ったりしないだろう、というような話をされたことをカタログで読んで、それにも、かなりぐっと来たらしい。

 あとから効いてくる作品もあるんだ、と改めて思う。

 行ってよかった。

 出来たら、続いて欲しいし、次も、アーティストのキュレーターで、その人に任せる、というものしてもらったら、うれしい。勝手な願いだけど。

 3年後、自分はどういう状況にいるのだろう。

 

 

 

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