アート観客   since 1996

1996年からアートを観客として見てきました。その記録を書いていきたいと思います。

「疑存島 ― 他者なき世界の地図作成法 ―」。2014.3.8~4.6。gallery COEXIST – TOKYO。

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「疑存島 ― 他者なき世界の地図作成法 ―」。2014.3.8~4.6。COEXIST – TOKYO。

2014年3月21日。

 リーフレットが難解で逆に気になった。初めていくギャラリー。駅から、少し歩く。思ったより大きくて、スペースも広く、2階がギャラリーで、1階はギャラリーとカフェで、かなり格好がよく、おしゃれな作りになっている。

 

 展示は、いろいろなことをやろうとしている。何かがグルグルと回っていて、熱意はある。時間もかけているのは分かる。ただ、無人島というテーマが、どれだけ大事なのか。もしくは、ありもしない無人島を夢想したり、想像したりする話なのか、それとも、無人島を発見しようとする無意味な努力みたいな話なのかも、よく分からなかった。無人島、という人がいない場所のはずなのに、いろいろな人がからんでいることだけは良くわかるような展示だったが、あちこちから聞こえてくる会話がアカデミックな気配が強くて、それで聞きづらくなっていた。説明を聞こうという勇気もわいてこなかった。

 

 國分功一郎氏のトークショーは、1時間半くらい、話をきちんとし続けていて、関心もした。ただ、この人優秀で東大を出て留学もして、だから、普通に仕事もあって、というような「階級」を感じてしまい、そこにいるけど、結局は違う場所に住んでいるんだ、みたいな気持ちにもなって、ちょっと暗くはなった。この場所のアーティストにもそんな感じがした。それは、本人の能力の高さももちろんあるけれど、自分が仕事があまりにもなくて、気持ちが弱っていたせいもあると思う。

 

 トークショーは、ドゥルーズの話で、フロイトの話も出た。フロイトの父、母、自分、という前提は、おかしい、という指摘がされているらしいこと。つまり、哲学では前提が多いほど偏見につながるから、という言い方は、なんだか納得がいった。そして、ギリシャ語は、能動態と受動態だけでなく、中動態という言葉があった、という話。おもしろかった。人は、誰か他の人がいて、ようやく人間という存在になる、ということとやっぱりつながる話だとは思った。500円で1ドリンク。

 

 スタッフに話しかけると、どの人も、え?みたいな距離感をとったり、仕切りが少しスムーズさに欠ける、いうこともあったにしても、値段からしたら、すごくお特なイベントだったと思う。そして、40人くらいが、この場所に集まったというのも、すごいと思った。哲学者は、いわゆるイケメンだった。見た目もよくないと、仕事が来ないのか、などと思って、ちょっと、また暗くはなった。自分の仕事がとても見つかりにくくて、それで、気持ちが下がっているだけかもしれない。

 

 

 

(2014年の時の記録です。多少の加筆・修正をしています)。

 

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